2014.08.04 Mon
☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。
この映画の舞台は、インドのムンバイ。主婦イラは、今日も朝から夫の昼食用のお弁当を作っています。料理上手らしいイラが作っているのは、いかにもおいしそうな4段重ねの豪華なランチ。アパートのすぐ上の階に住む「おばさん」から窓越しにアドバイスを受けながら、腕によりをかけます。
しかし、夫はすでに出勤した後。ランチを自ら夫のオフィスに届けるのでしょうか? と、そこへダーバーワッラーと呼ばれる「弁当配達人」が、イラの家にお弁当を宅配便よろしく「集荷」しに来ます。そして、幾つかの中継点と複雑な仕分けシステムを経て、自転車に乗った大勢の配達人たちが、職場の家族のもとへ、家庭からのお弁当をてきぱきと届けていきます。そして食べ終わった空の弁当箱は、逆のルートをたどって、同じ弁当配達人の手で家庭へと送り返されるのです。
この映画の主役の一つは、この「弁当配達システム」だと言えるかもしれません。ムンバイ特有のシステムのようですが、映画の中で描かれるそのサービスの手際の良さには驚くばかりです。しかも、ハーバード大学があるとき分析した結果によると、このサービスは、誤配達の確率わずか600万分の1という正確なシステムなのだとか。
ところが、たまたま、その600万分の1の間違いが起こります。そもそもイラが豪華ランチを作ったのは、最近冷え切っている夫の心を取り戻すため。すっかり空になって戻ってきた弁当箱に喜んだのも束の間、帰宅した夫との会話から、イラはそれが別人の元へ届けられたことを知ります。しかし、イラはそのまま次の日も、その見知らぬ人にお弁当を作り、ちょっとした手紙をしのばせます。そうして、二人の間でお弁当を通じた文通が始まります――。
イラはあまり幸せな女性ではありません。まだ若く美しいのに、家事と小学生の一人娘の世話をする以外はすることもなく、家の中で過ごしています。夫にはすでに飽きられており、構ってくれる人もいません。話し相手といえば、上の階の「おばさん」だけ。その「おばさん」も、どうやら病気の夫の看護のために家にこもっているらしく、イラはいつも、顔も合わせずに、窓から叫び合う形で「おばさん」と会話しています。夫の愛が戻るのを願って料理を作り、ひたすら家で待つことしかできないイラ。彼女のやり切れない気持ちが、画面からひしひしと伝わってきます。そんな彼女が、たとえ手紙でだけでも、温かい言葉でコミュニケーションできる相手を得てからは、見る見るうちに、生き生きと華やいだ表情になっていきます。
一方、イラのお弁当を間違って受け取り、彼女と手紙のやり取りを始めたサージャンは、保険会社の真面目な経理担当社員。妻に先立たれた男やもめで、もうじき早期退職をして故郷であるナーシクという土地へ引き上げようとしています。寡黙で冷静、孤独を好むタイプのサージャンもまた、心の中に悲しみを抱えた人間です。自分の後任である外交的な若手新入社員シャイクとの間がぎくしゃくしてうまくいっていませんが、イラのお弁当と手紙をきっかけに、シャイクにも徐々に心を開いていきます。そして、文通を続けてきたある日、イラとサージャンは、ついに直接会う決心をします――。
インドという、女性がまだまだ外に出づらい社会において、家でただ鬱々と待つだけだった主婦のイラが、偶然の“出会い”をきっかけに、自ら考え、行動し、自分の人生を選び取る女に変わっていく姿は、観る者の胸を打ちます。日本の一般の女性たちは、イラよりはるかに自由と選択肢を与えられているように思えます。しかしその実、心に不満を抱きながら、現在の境遇や状況に流されるまま、無為に時を過ごしてしまっているケースも案外多いのではないでしょうか。イラは、変わる決意をします。自らの意志で道を切り開くことの美しさ、自らの選択を決して後悔しないことの潔さを、この映画のラストシーンは教えてくれます。
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Story
現代のインド・ムンバイ。中流階級の専業主婦イラは、冷えた夫の心を取り戻すため、腕を振るって豪華なランチを作る。だが、その日、弁当配達システムの誤配送により、そのランチは赤の他人である会社員サージャンに届いてしまう。それをきっかけに、二人の間でお弁当を介した文通が始まり、その過程でイラは、今の暮らしや人生に対する見方が自分の中で徐々に変わっていくのに気付く――。「ボリウッド」作品としては異例の、抑制された演出の人間ドラマ。孤独な中年男性の揺れ動く気持ちをストイックに演じたサージャン役のイルファーン・カーンの演技が秀逸。
『めぐり逢わせのお弁当』/The Lunchbox
サージャン:イルファーン・カーン
イラ:ニムラト・カウル
シャイク:ナワーズッディーン・シッディーキー
監督:リテーシュ・バトラ
配給:ロングライド
2013年/インド=フランス=ドイツ/カラー/英語・ヒンディー語/105分
2014年8月9日より、シネスイッチ銀座ほか 全国ロードショー
公式HPはこちら
© AKFPL, ARTE France Cinéma, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm—2013
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち
タグ:非婚・結婚・離婚 / セクシュアリティ / 映画 / 主婦(専業主婦・兼業主婦) / 映画の中の女たち / 仁生碧 / 女と映画 / 映画祭受賞作 / インド・フランス・ドイツ・アメリカ合作映画 / ムンバイ
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