2014.09.05 Fri
「山向こうの南村には」(全211話、KBS2007~2012年)は、韓国の農村を舞台にしたホームドラマである。ドラマの題名やポスターを見ると、のどかな風景と昔ながらの農家の暮らし…などと、やや古風な生活を思い浮かべるかもしれない。もちろんそんな一面もある。だが、このドラマはむしろ、急激に変化する韓国社会の一端を描いている。このところめっきり増えた農村の結婚移民女性と多文化家庭のことがドラマの一つの要素になっているからだ。
韓国には現在、約157万人の外国人が住んでいる(2014.1調べ)。この数は日本の約203万人に比べると少ないが、人口比は3.1%で、日本(1.6%)の倍にあたる。韓国に暮らす外国人が急増するのは2000年代に入ってから。その多くは製造業やサービス業に携わる男性労働者たちだ。その次に多いのが結婚移民女性たちである。女性たちの多くは中国(朝鮮族)やベトナム、フィリピンなどのアジア諸国の出身で、仲介業者を通して韓国の農村男性と結婚するためにやってきた。その裏には農村男性の結婚難などのさまざまな社会的要因がある。そして、農村で起こり始めたこのような変化は、解放後、強調されてきた「単一民族」神話を揺るがし始めた。
「私の子、あなたの子」
このドラマには韓国の農村男性に嫁いだハイイェンというベトナム人女性が登場する。ハイイェンにまつわるエピソードはいくつもあるが、私が興味深く見たのは「私の子、あなたの子」(102話:2009.10.28放送)。妊娠したハイイェンがベトナム式の胎教をしようとして、韓国式にこだわる夫との間で葛藤が生じるというもの。
ハイイェンは村長の息子ボン・スノと結婚して妊娠する。そんなある日、ハイイェンのもとに、ベトナムの実家から小包が届く。その中にはベトナムの歌のCDやホーチミンの写真が入っていた。ハイイェンが胎教に使うために頼んだのだ。ハイイェンは、「立派な人の写真を毎日眺めれば、おなかの子どももその人に似る」と言い、ホーチミンの写真を鏡台の上に大事に置く。また、寝る前にはベトナムの歌を聴き、ベトナム式の胎教に励むようになった。
だが、夫のボン・スノは、そんなハイイェンの胎教の仕方が気に食わない。彼は、ハイイェンに、「ここは韓国だから韓国式の胎教をすべきだ」と文句をいう。韓国式にこだわるスノに、「私はベトナム人だからベトナム式の胎教をするのは当然」だとハイイェンが言えば、スノは、「子どもはボン家の跡継ぎだから、韓国人だ」、「韓国に嫁に来たなら(ハイイェンも)韓国人」、「正直、ベトナム語を習って何の役に立つのだ」などと言う。そして、しまいにはハイイェンがいない隙にホーチミンの写真を勝手に片付けてしまうのだ。結局、ハイイェンは怒って口もきかなくなってしまう。
このエピソードでは、スノを通して結婚移民女性を受け入れる韓国社会の家父長的な思惑や葛藤が正直に描かれている。スノの頭の中には、“女は結婚したら○○の妻になるのだ”、“子どもは父親の血をひく”、“妻は夫に従うべきだ”との考えがある。それに対してハイイェンは、ベトナム人であることを誇りにし、将来生まれる子どもはベトナムと韓国の両方のルーツをもつのだと堂々と主張する。もちろんここでは、スノがハイイェンを理解しようとする方向で話しが終わる。また、後に子どもが、肌の色の違いが原因で差別を受ける様子なども描かれる。全体として、視聴者に国際結婚家庭に対する理解を促し、差別に気づかせようとする啓蒙的な意図が込められている。
“わが国は「単一民族」?”
韓国では、2000年代の中盤から “わが国は単一民族”という考え方に対して批判的な声があがるようになった。2006年の新聞には「韓民族は単一民族か?」(オーマイニュース)、「“大韓民国は単一民族”教科書が偏見を注入」(中央日報)などの見出しが躍る。そして、国史編纂委員会は2007年の高校用歴史教科書から、ついに“単一民族”という表現を消した。そこには、中国東北地方もかつては様々な民族を含む高句麗の領土だったという歴史観が反映されているのだが、それだけではなく、増え続ける結婚移民女性とその子どもたちを韓国社会の構成員として認めようという時代的要請があった。
韓国の国際結婚は2000年に全結婚件数の3.7%だったが、その後、急激に増え、2005年には13.6%を占めた(42,356件)。そのうち韓国人男性と外国人女性の結婚は72%(30,719件)。とりわけ農村男性の35%は外国人女性と結婚した。この2005年をピークに国際結婚件数は徐々に減少し、2013年の統計では国際結婚件数は全結婚件数の約8%、そのうち韓国人男性と外国人女性の結婚は70%(18,307件)である。外国人女性の内訳は、当初は圧倒的に中国朝鮮族の女性たちが多かったが、2010年代にはベトナム出身の女性と同じくらいになった(2013年:中国出身者6,058人、ベトナム出身者5,770人)。
こんな社会的変化を背景に、政府は2006年4月「女性移民者家族及び混血者、移住者社会統合支援方針」を発表。さらに、2007年5月には「在韓外国人処遇に関する基本法」、2008年3月には「多文化家族支援法」を公布し、全国各地に多文化家族支援センターを設置した。しかし、多文化家族支援法が対象とするのはほとんどが韓国人男性と外国人女性のカップルや家族であり、その逆のケースは等閑視されがちだ。また、ドラマの中のスノのように、移民女性とその子どもを韓国人男性や韓国文化に同化させようとする傾向も見られた。その意味で、ハイイェンの描き方は、その問題点に気づかせようとしたのかもしれない。
現実を映し出すドラマ
ところで、こうした変化に対応したのは政府だけではない。ドラマの制作者たちもいち早く移民女性を題材とするドラマをつくるようになった。たとえば、中国朝鮮族の移民女性を描いたものには、故崔真実とリュ・シウォン主演のドラマ「君に出会ってから」(全48話MBC2002)や、ク・ヘソン主演のKBSホームドラマ「19歳の純情」(全167話2006-7)がある。また、ベトナム女性を主人公にしたものには、「ハノイの花嫁」(全2話SBS2005)、「黄金の新婦」(全64話SBS2007-8・写真)などが有名だ。地上波放送局の三社がみなこうしたドラマを放映した。今回取り上げた「山向こうの南村には」も含めて、このテーマが2000年代以降、地道に描かれてきたことがわかる。ちなみに、「山向こうの南村では」は2012年5月からシーズン2が始まり、現在も放映中である。そしてここにもフオンという名のベトナム人女性が登場している。
付言すると、このドラマはKBSの農村ドラマ「棗の木に愛が咲く(대추나무 사랑걸렸네)」の後続番組である。「棗の木~」は実に1990年9月から2007年10月まで延々852回も続いた“国民”ドラマ。さらに上手をゆくのがMBCの「田園日記」。こちらは1980年10月から2002年12月まで、なんと1088回にわたって放映された。
最近、日本ではヘイトスピーチが問題になっているが、この際、在日外国人を共同体の一員として描いた感動的なドラマを、バンバンつくって放映してはどうだろうか。
写真出典
http://movie.daum.net/tv/detail/main.do?tvProgramId=50457
http://www.newsen.com/news_view.php?news_uid=183145
http://enternews.sbs.co.kr/article/article_view.jsp?be_id=B1000027735
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