2014.09.25 Thu
『花咲舞が黙ってない』
放映:2014年4~7月、日本テレビ系列
原作:池井戸潤(『不祥事』『銀行総務特命』共に講談社文庫、2011年、初版は実業之日本社、2004年)
脚本:松田裕子、江頭美智留、梅田みか
主演:杏
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/hanasakimai/index.html
前にも書いたように、2013年に大ヒットした銀行ドラマ『半沢直樹』には、「働く女」がほとんど登場しなかった。こんどはその原作者、池井戸潤の小説の中で「唯一、女性主人公が活躍する」というふれこみの作品がドラマ化された。銀行の中の不正行為や出世競争が生むひずみを明るみに出すという点では『半沢直樹』と似ている。だが、主人公が女性行員であり、しかもテラーと呼ばれる窓口担当者であったという設定そのものがこのドラマの核となっている。
東京第一銀行で入行5年目のテラー(窓口係)だった花咲舞(杏)は、本部への異動を命じられ、支店での上司だった相馬健(上川隆也)と再び組んで、支店統括部臨店班での業務に就くことになった。臨店班のメンバーは花咲と相馬の2人だけ。事務処理などの問題が見つかった支店に赴き、個別指導により業務改善を支援するのが仕事である。
花咲はもともと優秀なテラーで、同僚や客からの信頼も厚かったが、相手が誰であれ思ったことを口にしてしまうタイプ。とくに「スイッチが入る」と、上司に対する直言も辞さない。そのことを知っている相馬からは「よけいなことを絶対言うな、黙って笑っていろ」と毎回釘を刺されるが、臨店先の支店長らが見せる理不尽な言動を前に、花咲は黙っていられない。
たとえば事務処理ミスが重なった支店では、支店長の矢島(羽場裕一)が「たかが窓口の仕事なのに、たった1人の無能なテラーのせいで」支店に傷がついてはたまらない、「高い給料払って迷惑かけられるんじゃ、割に合わないばかりか、大きな損失だ」とミスをしたベテラン・テラー、中島聡子(木村佳乃)を悪しざまに言う。中島はさらに過払いという大きなミスを犯すが、それは、小さい子どもがいる、出産を控えている、あるいは持病があるなどの事情を抱えたベテラン女性行員に執拗ないやがらせをして辞めさせ、強引な人件費削減を果たしてきた支店長への復讐だった。
「コストに見合わない人材をカットするのは、銀行のためだ」と言い切る矢島支店長に対し、「お言葉を返すようですが、コストカットは銀行のためではなく、ご自分の出世のためなんじゃないですか?」と花咲は反論する。「黙れ」「黙りません」という応酬のあと、「上司だからって、部下の人生を壊すのはまちがってます!」と言ってのけた花咲に、中島は「今まで支店長にあんなふうに言ってくれる人、いなかった」と感謝する。彼女が正規のルートで上司のパワハラを訴え出ることがなかったのは、「人事に訴えても無駄、パワハラも握りつぶされる」とあきらめていたからだった。
別の支店で、詐欺事件を起こした取引先への融資責任を上司から押し付けられそうになっている男性行員も、何かあったら自分が責任を取ると上司に言われた上での融資であったことをなぜ黙っていたのかと花咲に問われると、「仕方ないですよ。うち、もうすぐ子どもが生まれるんです。支店長には逆らえません」と答える。実は臨店班の相馬も、かつて取引先への融資が焦げ付いた責任を上司から押しつけられた末、出世コースから外れることになった苦い過去を持つ。
だからこそ相馬は花咲に、「手柄は上司のもの、ミスは部下のもの」が銀行の常識だと言って聞かせるが、花咲は即座に「何ですか、それ。ありえないですよ」と切り返す。「どうしてそんなに簡単にあきらめちゃうんですか。銀行では、まちがってることもまちがってるって言えないってことですか」「銀行ってそんなに特別なんですか。」
この健全とも言える反応は、彼女が銀行という組織の一員でありながら、その組織の「常識」とされる通念にからめとられていない存在でもあることの証である。結局このエピソードでは、融資を強引に実行させた支店長が、詐欺を働いた取引先への顧客情報漏えいにも手を染めていたことが花咲らの調査で明るみに出、一件落着となった。このように毎回、次期頭取と目される権力者、真藤毅(生瀬勝久)との確執やお定まりの銀行内派閥抗争などを織り込みつつ、不正を働いたり、陰謀を企てたり、セクハラをしたりした人物に引導を渡す場面で、花咲が「○○なんておかしいです」「あなたはまちがってます!」と啖呵を切るのがこのドラマの見せ場となっていた。
そんな花咲の、それこそ「ありえない」言動をハラハラしながら見守り、だがきっちりサポートもする相馬は、最初の方の回ではこんなことも言う。「しょうがないだろう。お前が言っていることは正論だよ。そんなことはみんなわかっている。たとえどんな正論でも、銀行では通用しないことがあるんだよ。ずっとテラーだったお前にはわからないかもしれんがな。」
そう、このドラマの最大のポイントは、主人公の花咲が女性であるばかりでなく、元テラーだということだと思う。窓口業務を担当するテラーは、一般の客からすれば銀行の顔ともいえる存在だが、組織内では「誰にでもできる」末端業務の担当者とみなされてしまう。しかし花咲自身はその仕事が好きで、できることならテラーに戻りたいと思っている。つまり、本部への異動は彼女にとって栄転でもなんでもない。それに対し、花咲や相馬と対決する形になる男性たちは、おしなべて出世欲と保身願望のかたまりである。つまり花咲舞が半沢直樹と決定的に異なる点は、彼らとゲームのルールを共有していないということだ。
以前に紹介した『悪女』という1992年のドラマでもっとも印象的だったのは、反抗的な態度を取るばかりでなく、元銀行員だった妻に接触して彼女が再就職を望んでいることを他の社員の前で暴露した主人公に激怒し、辞表を書けと迫る高圧的な男性上司がこう言い放つシーンである。「男だったら絶対こんなことはしない。組織の中の自分の位置がわかっているからな。上司に恥をかかすなんてことは死んでもできないタブーだ。」
2014年のこのドラマでも、たしかに大半の男性行員たちは、上司の機嫌を損ねることを恐れ、分をわきまえた行動を心がけている。女性たちは、飲み会では上司の悪口を言って溜飲を下げるが、職場では沈黙してしまう。あるいは過払いに見せかけた横領まで企てる中島聡子や上司のセクハラを週刊誌に告発した花咲の同期、川島奈津子(前田亜季)のように、あえてルールを踏みにじる行動に出るしかない。一方花咲は、ゲームのルールを書き換えるわけでも、ルールの外に出るわけでもないが、そもそもなぜそんなルールになっているのかという疑念を繰り返し口にするのである。彼女がおかしいことはおかしいと言い続けることで、相馬もまとっていた、不条理を飲み込むしかないというあきらめの空気が少しずつほどけていく。
花咲のように地位と権力を持たず、それを持つことを望んでもいない女性がそのまま周縁に置かれていれば、銀行の「非常識」に切り込むこともないだろう。また、通常の出世コースを経ていれば、銀行の文化に馴化される(そうでなければ、そもそも出世もできない)はずだ。だが、一気に支店の指導係という立場を与えられたことで、それまでの常識や暗黙のルールのほうこそが「ありえない」と喝破する立ち位置を獲得したことになる。
こんな人事自体ありえない、という反応はごもっとも。それでも男女を問わず、こう言ってみたい人は多いだろう――「お言葉を返すようですが、それは慣例ではなくただの惰性ですよね。」
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