エッセイ

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リビングが魔境 秋月ななみ

2015.01.17 Sat

                               発達障害かも知れない子どもと育つということ。26

うちは魔境なのか、と思うほど、いろいろなものがなくなる。新学期の新しい雑巾に名前を書こうと思ってネームペンを探したら、やっと1本出てきたのみ。ネームペンは、4月に5本ほど買って、さらに9月に予備にと数本、買い足したはずなのに。置いておいた場所からすべてが消えている。そして、古い雑巾はどうなっているのかと見たら、ガビガビに2枚が固まって、真っ黒のままランドセルの教科書の隙間から出てきた。ギョッとしてつまみあげてゴミ箱に直行。その奥からはこういう時のために入れておいたビニール袋がぐしゃぐしゃと。そして11月の日付のついたプリントがへばりついていた。あーあ。心をどうやって平安に保てばいいのだろう。

冬休みの2週間ほどの間に、「床に物を置いちゃダメだって、あれほど言っているでしょう!」という台詞を、100回以上は言ったと思う。あれ? 100割る14を計算すると、7程度。1日7回で済んでいるわけがない。300回以上は、確実に言っている。

まずリビングは、まっすぐ歩けない。娘の洋服。洗濯されて籠に入れられたものを、いつまでも仕舞わないから、そこからどんどん床に散らかる。それと洗濯すべき脱いだ洋服がまぜこぜになって散らばり、その上を踏んで歩いて娘は平気である。小学校になってもまだ取れない夜のオムツ、の数日前のもの(臭い!)。足の裏に突き刺さる、くだらない小さなおもちゃ。思わず踏んでひっくり返らされたクリアファイル。何よりも、食べ物を置かれるのが、たまらない。なぜここにバナナが。どうしてここにプリンが。足の裏にべったりとくっついているのだ。

そして「食べ物を粗末にするなって言ってるでしょう! そして誰が働いたお金で買っていると思ってるの! そもそも何百回言ったらわかるの! どうして何度言われても覚えられないの!」。こちらが言うと、本当に真顔で「わかんない」。ため息しか出ない。

「床に物、特に食べ物を置かない」。
「暖房を入れているときには、部屋のドアを閉める」。
「お稽古事のバッグは置き場に返す」。

この三つを実行してくれるだけで、私の心はどれだけ平穏になるだろう、と思うのだが、なぜまぁここまで覚えられないのだろうか…。娘はかなり衝動性が優位なのだと思うのだが。

「あっちゃん、ここの学童の連絡帳をランドセルに入れなさい」。
「学童の連絡帳を、ランドセルに入れなさい」。
「学童の連絡帳を、ランドセルに入れなさい」。
「学童の連絡帳を、ランドセルに入れなさい」。
「学童の連絡帳を、ランドセルに入れなさい」。

「ねぇ、今何回言ったか覚えてる?」
と聞くと、
「え? 1回?」。

本当に本当に本気なのである…。

そのうち、
「もう! 何回も言わなくてもわかってるわ! ママうるさい! 今やるってば!」
と言って、違うものをつかんだら、もう忘れている。
教科書だけ持って、連絡帳は置きっぱなしにして、すっ飛んで行く。

新学期の朝。
「いい? 玄関に置いてある帽子とランドセル、荷物は全部持っていくのよ?」
「わかっている!」
「玄関の荷物は全部持っていくのよ? 確認するのよ?」
「わかってるってば!」

で、出かけて5分で戻ってきた。
「へへ。友達が、帽子忘れてるよって、言ってくれた。だから取りに来た!」

娘を見に部屋から玄関に行くと、床に散らばるバッグ…。
「あのー、バッグも忘れてるんじゃないの?」
「あ! 本当だ! なんか軽いと思ってたんだよねぇ。よかった、帽子取りに来て。行ってきます!」

いつになったら治るんだろうなぁ…。
などとコミカルに考えることもできるときもあるのだが、これを書いた翌日に、

「早く学校に行きなさい!」。
「わかってる!」。
「早く行きなさい!」。
「わかってる!」。
という言い争いだけで、朝に10分間、娘が泣き続けるという事態に発展したのであった。

こちらの気持ちの余裕がないときには、本当に本当に辛い。

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シリーズ「発達障害かもしれない子どもと育つということ。」は、毎月15日にアップ予定です。

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カテゴリー:発達障害かも知れない子供と育つということ / 連続エッセイ

タグ:発達障害 / 子育て・教育 / 秋月ななみ