2011.04.08 Fri
現代を代表するピアニスト、
マルタ・アルゲリッチが総監督を務める
『第13回別府アルゲリッチ音楽祭』が
2011年5月8日~19日まで、大分県別府市で開催される。
総合プロデューサーとしてこの音楽祭を育てながら、自身もピアニストとして活躍する伊藤京子さんにお話を伺った。
――アルゲリッチとの出会いを教えてください。
伊藤 初めてアルゲリッチの演奏を聞いたのは、1965年ごろでした。そのとき、体中に衝撃が走りました。以来、アルゲリッチは私の憧れであり続けています。ミュンヘンに音楽留学をしていたのですが、1977年にアルゲリッチのリサイタルがあり、共通の知人のヴァイオリニストの紹介で挨拶することになりました。心臓がドキドキして大変だったことを今も思い出します。
なぜなのかいまだに分かりませんが、その日、アルゲリッチから「食事に行きましょう」と誘われました。テーブルについて緊張している私に、アルゲリッチは「星座は何?」とか「何年生まれなの?」とか、いろいろ優しく話しかけてくれました。
その日はまるで夢の中にいるようでした。雲の上の人だと思っていたアルゲリッチが、隣に座って食事をしているなんて、と。運命というのは本当に不思議なもの。その日以来、こうして今に至るまで、アルゲリッチとの親交が続いています。
――アルゲリッチが音楽家として稀有なのは、どういった点ですか。
伊藤 アルゲリッチという演奏家は革命者であり、音楽の新しいドアを開けた人。初めて“女流”という枠組みを超えた人だと私は思っています。
まず、アルゲリッチはなんでも弾くことができるのです。バッハならバッハ、シューマンならシューマンと、ひとりの作曲家のスペシャリストになる演奏家は多いのですが、彼女はそうではなく、オールマイティ。どのような作品であっても、その表現力の豊かさで人の心に衝撃的な感動をもたらすことのできる人です。ピアノというのは指だけで弾くものでも、感性だけで弾くものでもないんですよね。生まれ持ったすべてがその人の音楽を作っていきます。
アルゲリッチはまだ幼いころ、幼稚園にあったピアノで、完璧なメロディを弾いたそうです。もちろん、誰から教わったわけでもありません。耳で聞いていた音楽を、そのまま指で弾けてしまったんですね。こういった逸話を聞くにつけ、彼女はまさにピアノを弾くために生まれてきた人なのだと感じます。
――アルゲリッチ音楽祭を立ち上げようと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。
伊藤 自分自身がピアニストとして活動しているなかで、日本における音楽家の活動に関して、いろいろと疑問に思う点がありました。日本では、音楽家は賞を獲った直後は注目されますが、熱が冷めると話題にも上らなくなるということが珍しくありません。これでは音楽家は長い活動はできません。また、バックアップ体制が充実していないため、チケットを売るにも音楽家自身があれこれと奔走することになります。音楽だけに集中するのが難しいのです。さらにいえば、これはピアニストに限りませんが、容姿を要求される風潮も疑問でした。“美人○○”などなど、職業の前に形容詞がつくことにも違和感があります。
このような状況で、はたして音楽家は成長できるだろうか、アルゲリッチのような人物が日本から生まれるだろうか、と考えていました。
現状を打破するために、音楽家が思う存分音楽を究められる環境が必要だと思うようになっていました。ちょうどそのころ、別府市から依頼を受け、音楽祭を立ち上げることになったのです。折に触れて相談していたこともあって、アルゲリッチは快く力を貸してくれ、彼女が総監督となって世界中から才能あふれる一流アーティストを招く音楽祭が実現できました。
――なぜ別府なのですか。
伊藤 別府はアルゲリッチとの思い出の場所です。1994年に、大分市でアルゲリッチと開いたコンサートが、この音楽祭の前身となったのです。
初めてアルゲリッチが別府を訪れたとき、「パラダイスみたいな場所でしょ」と言うと、「でも地獄があるんでしょ?」なんて、彼女は冗談を言っていました。アルゲリッチは別府温泉行きを楽しみにしていたらしく、ちゃんと調べていたようです(笑)
緑豊かで古い町並みも残る別府は、観光地としても魅力的です。温泉地でリラックスしながらクラシック音楽を堪能するという面白さは海外でも注目されていて、別府の知名度も上がりつつあります。
―― 子どもへの教育を音楽祭のコンセプトのひとつに掲げているのも特徴ですね。
伊藤 もともと、アルゲリッチは子どもの前でピアノを弾くのが大好きなんです。子どもは大人が考えるよりもずっと素直に音楽を受け入れる能力を持っている、とアルゲリッチは考えています。彼女によれば、子どもは最高の聴衆なんです。
クラシック音楽を通して子どもたちに伝えられることは数多い。五感を刺激して、想像力を養い、心をはぐくむ手立てにしてほしいと、わたしたちは音楽祭の初期の段階から子どもたちへの教育に重きをおいてきました。
今回の音楽祭では子供を主な対象としたアルゲリッチのコンサート『ピノキオコンサート』を東京でも開催する予定です。このコンサートでは音楽を聞くだけではなく、たとえば「いじめ」の問題などについても“おはなし”を通して子どもたちや親、そして教師たちに語りかけていきます。
別府アルゲリッチ音楽祭を手掛けるようになって、社会の中でのクラシック音楽の意義を深く考えるようになりました。私自身は、音楽は良心をはぐくむ手段のひとつであると考えています。
理想を現実にするのはとても難しいですが、一年一年、この音楽祭を続けていく間に、次第に見えてきたこともあります。音楽にふれたときの子どもたちの鮮やかな反応にふれたとき、音楽を続けてきた意味はもしかしたらこれなのかもしれない、と思えるんです。
(インタビュー・文/濱野千尋)
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*マルタ・アルゲリッチより、このたびの東日本大震災についての応援メッセージが届きました。
『マルタ・アルゲリッチ総監督からのメッセージ』
この度の震災でかけがえのない多くの命が奪われ、被災をされた方々に心からのお悔やみと、お見舞いを申しあげます。
私は長きにわたり日本の皆さまと音楽を通して交流を続けて参りましたが、いつも皆さまには暖かく迎えていただき、私にとり日本は特別な場所となっています。
その日本が過去に例をみない大惨事に見舞われ、心が痛み常にそのことが私の頭から離れません。その私になにが出来るのかを震災を知って以来考えておりました。
5月には大分県、別府での私の音楽祭が予定されています。
皆さまが哀しみの中にある時、音楽祭を実施すべきか皆で熟慮した結果、今、私たちが行動することで、皆さまのささやかな支えになれるのではないかと考え、音楽祭を開催させていただき、音楽祭に出演する仲間にも協力を仰ぎ、私たちの支援活動として義援金の一部に加えていただきたいと考えました。
また、このような時にこそ皆さまと共にこの時を共有し、困難を共に乗り越えたいと思います。
そして今後の復興へ向けて、継続的な支援が可能となるように、今回のコンサートを収録し、支援CDとしてその収益金の全てを役立てていただけるよう参加音楽家の賛同を得ながら実現して参る所存です。
皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。
どうかくれぐれも皆さま体調に留意され、 心を一つにして明日に向けて希望を持って参りましょう。
私の心は皆さまとともにあります。
2011年3月14日
別府アルゲリッチ音楽祭
総監督 マルタ・アルゲリッチ
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【音楽祭DATA】
『第13回 別府アルゲリッチ音楽祭』
会期:20112年5月8日(日)~5月16日(月)
主なスケジュール:
◆5月14日 16時開演
マラソン・コンサート ~タンゴとクラシックの出会い~
■会場:iichiko総合文化センター・iichikoグランシアタ(大分市)
■出演:マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ユーリー・バシュメット(ヴィオラ)、 エドゥアルド・フーベルト(ピアノ)、清水高師(ヴァイオリン)、キム・スーヤン(ヴァイオリン)、ユンソン(チェロ)、黒木岩寿(コントラバス)、三浦一馬(バンドネオン)、 他予定
◆5月19日(木) 19時開演
チェンバーオーケストラ・コンサート
■会場:ビーコンプラザ・フィルハーモニアホール(別府市)
■出演:ユーリー・バシュメット(指揮/ヴィオラ)、マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、モスクワ・ソロイスツ合奏団選抜メンバー&桐朋学園オーケストラ
◆5月16日(月) 19時開演
別府アルゲリッチ音楽祭 in 北九州 ~マルタ・アルゲリッチと仲間たち~紡ぎ出す至高の調べ~
■会場:アルモニーサンク北九州ソレイユホール(旧九州厚生年金会館)
■出演:マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ユーリー・バシュメット(ヴィオラ)、清水高師(ヴァイオリン)、キム・スーヤン(ヴァイオリン)、ユンソン(チェロ)、
伊藤京子(おはなし) 他
そのほかにも公演あり。詳しくは下記HPをご覧ください。
お問い合わせ:財団法人アルゲリッチ芸術振興財団 電話0977-27-2299
公式HP: http://www.argerich-mf.jp/
*「第13回別府アルゲリッチ音楽祭」では、このたびの東日本大震災をうけ、復興の一助となるべく、出演するアーティストたちが支援金を送ることを予定しています。
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