2013.01.07 Mon
熊本日日新聞に書評欄を持っています。昨年読んだこわーい本のご紹介を。
少子化がすすめばすすむほど、女の子は減る(抹殺される)、という予測です。
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アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.マーラ・ヴィステンドール、太田直子訳「女性のいない世界 性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ」講談社、2012年
格差拡大させる性比不均衡
あまり話題になっていないようだが、近未来を予測するこわい本だ。もっと読まれてよい。
先進国の自然出生性比は女児100に対して男児105。生育過程で男児の死亡率の方が高いから婚姻年齢にはほどほどになっている。大事に育てればそのままの比率で育つから男余りになる。
それが中国、インド、東欧の一部でいちじるしく男児よりに偏っていることに、著者は警鐘をならす。今世紀に入ってからのデータでは中国では121、インドでは122、アゼルバイジャンでも同じくらい。なぜ?と疑問を抱いた著者は、探索の旅にのりだす。著者は北京に駐在したことのある『サイエンス』誌の記者。すぐれたジャーナリストに与えられる2012年度のピュリッツアー賞の候補作に残った作品だ。
自然性比が維持されていたとしたらこの数十年にアジア諸国で1億6千万人の女性が生まれていたはずだという。女の子はどこへ消えたのか?超音波検査による出生前診断と、それに伴う女児の中絶による。女児の嬰児殺のような野蛮なことをしなくてもよい。男女産み分けの生殖技術が利用可能になった。しかもこの技術を利用しているのは、旧弊で保守的なひとびとではなく、都市部の教育を受けた階層のカップルだ。
「女性のいない世界」は、この不均衡な性比がやがて人口構成を変えてしまう近未来の社会を予想したものである。現題はunnatural selection、自然選択の逆の「不自然な選択」というもの。出産に生殖技術が介入した結果の未来、「今日世界が直面している問題のなかでも、重大でありながら放置されているものの一つ」と指摘する。
中国、インド、東欧という政治も文化も宗教も違う社会で同じような現象が起きていることを問いかけて、著者は3つの社会の共通点を見いだす。性比不均衡の起きている社会の特徴は、⑴最近経済成長を経験していること、⑵中絶が容易なこと、⑶出生前診断などの生殖技術が利用可能なことである。急速な出生率低下のもとで「不自然な選択」が行われている。
だれが考えてもこの不均衡な性比が将来の「男余り」現象、その裏返しの「嫁不足」を引き起こすことはかんたんに予想できる。それに「余剰独身男性」たちが増える社会は、互いに争いの多い殺伐とした社会だ。だが裕福な階層や国民にとってはこれは問題ではない。嫁は輸入したり、買ってくればよいからだ。性の相手も売り買いできる。こうして貧しい国から豊かな国へとグローバルな女性の移動が起きる。最底辺では、家族は女児の誕生を歓迎するようになる。なぜなら経済資源になるからだ。かくして富める国で男性人口が増え、貧しい国で女性が増える。つまるところ、豊かな男性と貧しい女性との組み合わせからなる「階層上昇婚」 がグローバルに成立し、男性と女性とのあいだにおける富の偏在はますます強まる。人口抑制のもたらした性比不均衡は、最終的には男女格差の拡大に至る、と。女性の地位が上がると出生率は下がり、両親は女児を歓迎することになるはずだったのに、まさか、こんなことが?
日本はアジアの中では女児を歓迎する例外的な国。「育てやすい」「育児が楽しめる」という動機は、実は女性差別の裏返し。女児選好と女性の地位とは少しも結びついてない。女は胎児のときから差別される・・・恐ろしい近未来について知っておくほうがよい。(『熊本日日新聞』書評欄掲載、2012.9.16)
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