女の本屋 女性学講座

views

645

朝日カルチャーセンター★受講生レポートNO.16「日本のフェミニズム」

2011.12.17 Sat

朝日カルチャーセンター★受講生レポートNO.16】「日本のフェミニズム」

★日本のフェミニズム:第8回/『表現とメディア』★2011/12/3 井上輝子先生

≪シリーズ日本のフェミニズム~表現とメディア≫

前半は、女性に課せられる「表現」について。

「女性は言葉づかいに制約があります」、と井上先生。例えば女性は、「黙れ」という命令形は避け、「静かにしてください」という依頼文を用いたほうが好ましい、といったごくオーソドックスな表現にまつわる規制があります。

これについては、教師をしているという受講生から反論が出ました。

最近の小学校では子供は命令形でないということを聞かないので、女性の先生だろうがどんどん命令形をいわざるをえないそうです。「「○○してください」なんて注意していると、「褒められてる」と勘違いするような子供たちなんですよ」、とのことでした。

うわー。次世代、すごいみたい。70年代生まれの私ですら、何人かの強気な女が世の価値観に挑戦すべく男言葉を使っては規範を突き崩しているのだ、とイメージしてたのですが、いまや、言葉の受け取り手である子供の側が、女先生から男言葉を引き出しているとは。そういえば本書増補編のⅢには、さいきんの女の子が「ボク」と自称するという事例研究もでてきます(「なぜ少女は自分を「ぼく」と呼ぶのか」中村桃子)。

考えてみれば、女が社会で働くだけでも、さまざまな相手と言葉や身振りを交わさないとならないので、「女性の規範への挑戦」とまるで関係ない文脈でも、家庭婦人として好ましい「女らしさ」なんて崩れて当然です。「らしさ」はどんどん変化している。

後半は「メディア」。

新聞・雑誌。テレビといったマスメディアにおける女性、女性にまつわる表現について、同じく収録文献に沿って紹介されました。

驚いたのは、全国規模の新聞社やテレビ局では、いまだに男性従業員が8-9割、女性がたったの1-2割、ということ。女の日常的な「表現」は変化してるのに、「メディア」は旧態依然の様子。

テレビをつければ硬派な番組でも女性のキャスターやアナウンサーが登場するので、すこし意外です。でもカメラの後ろ側は、いたるところがおじさん、おじさんで国会中継のような風景がひろがっているのでしょう。テレビというのは見せ掛けの男女共学なのだなぁ、と思いました。

しかし、テレビがとりあえずでも“男女共学”のように繕うようになったのは、女性たちの運動がきっかけだったそう。

1985年、国際女性年を契機に行動する女たちの会が、ハウス食品のCM「わたしつくる人、ボク食べる人」を批判し、これが大きくとりあげられて以後、NHKの報道番組も男女ダブルキャスターへ変わっていったそうです。

「だから、メディアへの違和感の表明って大事なんですよ」と井上先生。

最後は、メディアリテラシーの教育について紹介されました。

この「表現とメディア」講座のレポートをまとめつつ、すこし前、駅でみかけた「ボクも注射しないッ」と大書された乳がん検診ポスターを思い出しました。

ボクが注射するのと乳がん検診と、いったい何がどうつながるのか、コピーの意味をしばし考え、ようやっとその趣旨に気づいたとき、なんか、ムカっときました。

そのポスターは、《ママが乳がん検診いかないなら、ボクも予防注射しないッ。ママが検診にいくなら、ボク、注射の痛みに耐えるッ》という健気な坊やの訴えに、女たるもの母性本能をくすぐられ、こぞって乳がん検診にいくであろう、という設定なのです。

余計なお世話。なんでどこぞのボクちゃんに注射さすのに私が乳がん検診にいかなあかんねん!

予防注射に懐疑的な母親だとどうなるよ、って思います。それに、子がいない女、娘しかいない女を当然の如くシカトしたメッセージです。大多数の女性にとって「余計なお世話!」でしかない台詞によって、女性にだいじな乳がん検診をアピールしようとは、呆れたはなしです。それなのに、なぜだかこれが第7回ピンクリボンデザイン大賞、ポスター部門最優秀賞をとっている。栄えある受賞者は一児のパパであるコピーライター眞竹広嗣氏と、フリーデザイナーの竹内堅二氏。

フン、作者はやっぱしオトコかい、ってかんじです。

ほんと、失礼しちゃう・・・と思って、シャメとってツイッターしながらも、なんとなく、こんなことで怒ってるとフォローしくれてる人から顰蹙買わないかなぁ、と心配になりました。私のなかでは、原発のことで怒るのはタイムリーでも、フェミニズムなことで怒るのは「時代錯誤」なのです。

今回の講義で学んだことは、つまり、こういうムカっとくる表象に逐一投書してみよう、ってことなのですが、どうせ無視されると思うのもあるけど、受賞のヨロコビに水を差す私ってヒステリックなフェミニスト?、っていうネガティブな自画像がつきつけられてメゲます。こういうのいちいち怒ってると「痛い(痛々しい)」とか思われそうだし。

今回も、掲載がWANだと思うから気楽に書いてるけど、さもなければ100%KY発言な気がします。(そんなこと思うとは、私はよっぽど強烈にオトコの価値観を教え込まれているんだろうなぁ。)

喜んでる坊やたちの世の中に、私はなにも申しません。とりあえずあんなポスターがあるかぎり、乳がん検診なんて金輪際参りません。はいはい。自己責任です。・・・って思うんだけど、だめなんだろうな。井上先生的には。

■杵渕里果(受講生)

カテゴリー:拡がるブックトーク2011

タグ:女性運動 / / 井上輝子 / 朝日カルチャーセンター / 表現とメディア / メディアリテラシー / 男言葉 / 受講生レポート