2011年に起きた東日本大震災から、もうすぐ5年。忘れようのない出来事でも、人の記憶は色あせていく。被災当事者となった人たちが抱え続けている悲しみや、まだ収束していない問題に目を向け続けることは、日本に暮らすわたしたちの、責務なのだと思う。映画『抱く{HUG}』(ハグ)は、福島での原発事故の直後に、「これは他人ごとではない」と感じて福島への取材を始めた海南(かな)友子監督が、思いがけない出来事から取材対象を自分自身に置きかえることになったプロセスをたどった、他に類を見ないセルフドキュメンタリーである。

3.11の直後、福島第一原発の事故によって強制避難を強いられ、故郷を奪われた人たちを取材しようと、原発の半径4km地点にまで足を運んだ海南監督は、その取材の直後に、自らの妊娠に気が付いた。そのとき、彼女は40歳。不妊治療の末、とうに諦めていた初めての妊娠だった。思いもよらなかった妊娠によって初めて、福島で出会ったお母さんたちの苦しみがそのまま自分の痛みになったという彼女は、放射能の胎児への影響に対する恐怖や激しいつわりなどの身体症状に苦しみ、悩んだ末に、あえて「自分自身にカメラを向けること」を決意した――。

映画の前半は、震災直後の被災地を映しながら、福島県内でのレポートが進む。その時の海南監督は、ジャーナリストの眼で事故を捉えている。それが後半に入っていくにつれ、彼女の苦悩と決意がそのままに映し出された、赤裸々なセルフドキュメンタリーになっていく。取材時、尋常ではない放射能を浴びてしまった自分は、健康な赤ちゃんが産めるのか。出産前診断をどう考えるか。身体に走る激痛は、放射能の影響なのか違うのか・・・。ドキュメンタリーにおいて、どこまで自分をさらけ出すかという判断は、とても難しいと思う。映像には、そのバランスの危うさも感じられる。けれども、この映画ではその揺れがそのまま、彼女の不安定さを表しているようで心に残った。ラスト近く、放射能への恐怖と対峙してきた〈不安〉が未来の子どもを守る〈覚悟〉に変わったかのような、出産後のシーンの彼女の穏やかな表情に、この映画を見て良かったな、と思った。

子どもたちが被爆の恐怖にさらされ、狂いそうなほどの苦しみにあるお母さんたちを映した映画は、『おだやかな日常』(2012年 内田伸輝監督)『希望の国』(2012年 園子温監督)『小さき声のカノン』(2015年 鎌仲ひとみ監督)など、これまでにもいくつか見てきた。その中でも本作は、誰にも起こりうる「突然、問題の当事者になるということ」をまさにリアルにつかまえている点で、他の作品が捉えようのなかった視点を受け取ることができる。映画のラストには、海南監督だけでなく3.11を機に動き出した、たくさんの人々の姿も映っている。わたしも未来のために声を上げ、動き続けなくては。そう思える作品だ。(中村奈津子)

監督・編集 海南友子/プロデューサー 向山正利、向井麻理/撮影 南幸男、向山正利/2014 年/日本/69 分/カラー/16:9
英題:A Lullaby Under the Nuclear Sky  ©Horizon Features

<2016年 初春 京都シネマ(3/5土)、第七藝術劇場、横浜シネマジャック&ベティほか全国順次ロードショー!>

☆ 3.11映画祭にて上映決定! http://311movie.wawa.or.jp/

予告編 https://youtu.be/sPrbRoHnpho 
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