『少年の名はジルベール』は少女マンガ家・京都精華大学学長の竹宮惠子さんの自伝。タイトルのジルベールは、少年同士の性愛を真正面からとらえた作品として有名な「風と木の詩」の主人公の名前です。この本は、少女マンガ界のルール(しきたり)と戦いながら職業人として生きてきた作家の女性史だ、というのが私の感想です。
「風と木の詩」は、作品構想から連載開始まで長い年月がかかったというのは有名な話ですが、その原因は少年同士の愛と性をテーマとしていたためです。当時の少女マンガ雑誌では旧来的な性規範が強く、キスシーンで唇と唇が触れたらダメだとか、腕を上に伸ばしているポーズでも腋が見えちゃダメだという、さまざまなルールがありました。そういう時代に少年同士の性行為やレイプ、近親相姦が描かれる「風と木の詩」の連載が困難であったことは想像に難くありません。
「風と木の詩」の連載開始は76年。国際婦人年やウーマン・リブの時代です。女性の性解放が模索される一方、少女マンガ雑誌では性を描くことはタブーでした(何人かの作家は描いていたけれど)。
恋愛物語が身体の問題に踏み込むのが不可能と思われていたときに、どうしても性をテーマに描きたいと思ったのは、「女の人生がキスしたところで終わるわけない」からだったと説明されています。少女マンガのパターンの一つに、素敵な男の子と出会い、片思いが両思いになってキスシーンでハッピーエンドというものがありますが、キスしてそこからどうなるの?という問いを、竹宮さんは描かれたわけです。これはまさに少女マンガの革命でした。
また、「少年愛」に込めた思いを、「当時の私は、家庭や結婚に縛られるような生き方を全否定していたので、そうではないボヘミアン的な生き方を、マンガのなかの少年の行動で表現してみたいという想いもあった。現実社会で自分ができないことを主人公の男の子にさせる」と語られています。女性のあり方、少女マンガのあり方を押し付けられることとの戦いでもあったわけで、これは竹宮さんが学生運動を経験した結果、「私の革命はマンガでする」と決意したこととつながっています。
性表現の問題だけでなく、海外を舞台にするのならリアリティをもたせたいという思いのほか、女性作家の原稿料を男性作家並みにと賃上げ交渉した話など、お金と仕事の話も赤裸々に語られています(「女工哀史の現場だ」と例えられたエピソードも)。20歳そこそこの女性が、腕一本で食べていくということ、マンガに対する熱い思いと、食べるための仕事という両面が率直に語られていて、「革命」を起こすにはどれだけ不安や心細さがあっただろうと想像して胸がつまってしまいます。
性の問題を表現したいという思いと少女マンガのしきたりとの戦いを支えたのは、「美しき少年の半ズボンと長ズボンで、これだけ話せる」仲間の存在だったと書かれています。今なら腐女子トークといえるでしょうが、巡りあった同志との関係、女性の連帯もこの作品の魅力です。萩尾望都さんへの複雑な思い(ラブレターですよ…)や、増山法恵さんとの緊張感ある共同作業のあり方が丁寧に書かれていて、まるでドラマを見ているようです。
マンガファンや腐女子だけでなく、働く女性の歴史としても読んでほしい作品。オススメです。
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