
書名:『移植と家族 生体肝移植ドナーのその後』岩波書店2016年
著者名:一宮茂子
まるで群像劇を観ているような学術研究書にであった。
本書は学術研究書でありながら、著者が国立大学病院の看護師長として働いていたときにかかわった生体肝移植をテーマに、ドナー(臓器提供者)とレシピエント(臓器受容者)、そしてふたりをとりまく家族の物語でもある。
著者は20年にもおよぶ丹念な聞き取り調査をおこなって、徹底的な帰納法分析であらゆる角度から受け取った語りを分析していく。最終的に出版として公表を了承していただけた17家族が本書に登場する。本書が圧巻なのは、レシピエントの方々のみならず、ドナーの方々のドナーとしての葛藤や移植後の回復における心理状態にもアプローチしていることにある。
わたし自身強く印象にのこったドナーがいる。この方は、他から暗黙の圧力を受けたうえで余儀なくドナーになった。その決断には、ドナーとして適合しているかといった医学的条件のみならず、ジェンダー規範、家族規範も複合的に影響していた。
著者は、このドナーについて大きな負担を担ってドナー役割を果たしたにもかかわらず、レシピエントや家族から労いや励ましの言葉かけがなかったことに気づく。
「医療者や家族の関心はレシピエントに向けられていることが多かったため、ドナーの意味づけが得られない状態であった」と著者は分析している。著者の、このドナーに対する分析はここでおしまいではない。
著者は、あるエピソードを紹介している。風邪気味でこのドナーが地元の診療所にかかったときのことだ。ドナーの既往症があることを話しすると、その診療所では順番まちをしているどの患者よりも先に診療がうけられる状態にしてくれたという。診察室では医師がたちあがって「ご苦労さまでした」と敬意を表す態度とねぎらいのことばをかけてくれた。さらに別の診療所の医師も、このときと同様の対応をしてくれた。このエピソードを読んだとき、わたしは目頭が熱くなった。
だが著者は、冷静に分析することを忘れない。二人の医師による同様の敬意ある態度と労いのことばによってこのドナーは、否定的なドナーの意味づけが時間の経過とともに経験の再定義がおこなわれ、移植とはまったく関係ない医師と出会うことによって肯定的な意味づけがえられたのだと。
本書は、立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出された博士論文「生体肝移植ドナーの意味付与-肯定感と否定感を分かつもの」を加筆修正したもので、生体肝移植についての医学的な側面も網羅している。しかも、わたしのような門外漢でもわかりやすいことばで丁寧に説明されている。
医療とは、最終的に患者と家族の幸福のために奉仕するものだ、というメッセージで本書は結ばれている。著者を知る者としては、本書は、著者の人柄(周りに対する心配り、気遣い等)と情熱そのものが活字になった学術研究書である。
■ 茶園敏美 ■
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