山川菊栄 生誕125周年記念事業(刊行物シリーズ NO.2)
山川菊栄は社会主義フェミニストの思想家、活動家、戦後労働省の初代婦人少年局長として活躍し、多くの著作を残したことで知られている。それらの著作は当時の社会にとって重要だっただけでなく、現代フェミニズムに大きな示唆を与えてくれる。
さらに、山川菊栄は戦中から戦後に、幾冊かの優れた歴史書を書いており、それらは今日の歴史学の潮流を先取りしたといえるものである。しかし歴史家としての山川菊栄の側面はあまり注目されていないようである。そこで山川菊栄記念会では、山川菊栄生誕125年に当たる2015年11月3日に、「山川菊栄が描いた歴史」をテーマにシンポジウムを開催した。この冊子は、同シンポジウムの記録集である。
この企画の意義は次の3点にあると思う。第一は、山川菊栄の歴史書の叙述を通して当時の日本の歴史を新しい視点から知ること。第二は、今日の歴史研究の潮流である社会史を戦時中に先取りしていたといえる山川菊栄の歴史書を評価し、歴史学研究の中に位置付けること。少し説明すると、1970年代以降、歴史学は、それまでのような政治的支配者の視点から書かれた政治史中心の歴史ではなく、異なる階級、ジェンダー、人種・民族からなる「普通の人々」の視点から、社会全体を見ることによって政治の実態もとらえる「社会史」が主流になっていった。下層武士の女性、また自身の眼を通して当時の人々の生活を描き、そこから幕末、また戦時下の日本の姿を映し出す山川の歴史書は、まさにこうした「社会史」のアプローチをとっている。第三に、山川は日本の植民地・帝国主義の時代でもアジア諸国・諸地域の女性たちを日本女性と同等に考える、ナショナリズムを超えた視点を持っていた。今日、歴史学では従来の一国の歴史から国境を超え、ナショナリズムを脱した「トランスナショナル・ヒストリー」が興隆しているが、他方、現在の日本ではナショナリズムの色彩が濃い歴史書の影響が広がりつつある。こうした中で、山川の歴史から一つの国、一つの民族を超えた歴史を探りだしたいという願いがある。以上を一言で言うと、山川菊栄は戦前、戦中から、今日の最も新しいフェミニズムや歴史学を示していたことになる。
シンポジウムでは、まず鈴木裕子が基調講演「歴史家山川菊栄の今日的意義」を行い、それに引き続き関口すみ子が「自己史を通して時代を証言する-『おんな二代の記』を中心に」、マリオン・ソシエが「幕末明治時代の女性像―福沢諭吉の『日本婦人論』から山川菊栄まで」、加納実紀代が「戦時下農村から近代日本を透視する―『わが住む村』を中心に」と題する報告をした。その後の聴衆との質疑応答ではさまざまな見解が出され、活発な討議がなされた。この冊子が、少しでもシンポジウムの内容と参加者の熱気を伝えれば幸いである。 (有賀夏紀 記)
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2016.05.27 Fri
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