新聞の家庭面にある読者からの投稿を読むのが好きだ。わたしが取っている毎日新聞では「女の気持ち」というコーナーがあり、時々「男の気持ち」にもなる。 五月には病気後のリハビリのために乗馬を始めた十歳の男の子の文章が出ていた。がんばっているんだなぁ、体幹が強くなるといいね、と思った。

こういう文章はいいのですが、たまに読んでいて困ることもある。四十年以上連れ添ったご主人を亡くして、それまでほとんど行動を共にしていたので、今は一人で何をする気も、どこかへ行く気もしない。心の整理をつけるつもりで夫に宛てた手紙書いたそうです。そういう話を聞いた時は、どう反応するのが正しいのか。あと、このコーナーには、自分の優しかった母の思い出も割と良く出る。あと自分の大切な家族の話も多い。

ふーん、そうなのですか、とわたしは思う。これはのろけなのだろう。「のろける 妻(夫・愛人)との間にあった(つまらない)事を他人にうれしそうに話す。」三省堂・新明解国語辞典第七版には本当にこう書いてある。別にわたしが意地悪を言っているわけではない。

まあね、言っていることは正しい。内容もとてもいいことだ。あなたは、しあわせな人だ。運もいいのだろう。良かったですね、と思う。でも、その一方で結婚も子供も自分の親とのことも、自分の努力が及ばない「巡り合せ」の結果ということはないか? たまたまうまく行ったからと大声で喜んじゃって大丈夫なのかな? そうです、わたしは幸福に対してどこか醒めた目で見ている。それは自分が、のろける側にはいないからです。

フルタイムの会社員として働きながら、原稿を書き、二人子供を生んで育ててきました。上は高三の息子、下は高一の娘。二年前に十七歳上の映画監督の夫には出て行ってもらいました。七年間の結婚のうち最後の三年間は別居していました。全然計算合わないですね。そういう生活の中で、「ああ、これは人には言えないひどいことだけれど、本当のことだよ。本当過ぎるから言ったら嫌われるね」という思いがたくさんわいてきました。作家で良かった、とこの時ほど思ったことはありません。

毎日の生活の全てが突撃取材でネタはいくらでもある。しかも原稿は悪口ではないし、告発でもなく「作品」なのです。おお、会社員で母親で主婦で(その時は)妻でPTAで良かったなぁ、と心から思いました。単行本から八年たち、満を持して文庫になりました。解説は『ネグレクト』『ルポ 虐待』『家族幻想』などの著者・杉山春さんにお引き受けいただいた本です。わたしは生まれ変わるつもりで「あとがき」を書きました。どうぞ読んで下さい。 (著者 鈴木マキコ(夏石鈴子))
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