
介護の記録を読んでいると、大変丁寧な表現が目につきます。
[1] TVを興味深そうに見られていた。
[2] テレビをご覧になる。
[3] TVをご覧になっていらっしゃった。
[4] TVをご覧になられていました。
記録ですから「Aさんはテレビ見ていた」ですむところですが、どんどん敬語が重なってきています。
まずその構造からみていきます。
[1]は「見られていた」だけをみると、一瞬受け身かなとおもってしまいます。「だれかに見られていた」という受け身の表現と形が同じだからです。「見る」の敬語形はいくつかありますが、これは「見る」に尊敬の助動詞「られる」をつけて「見られる」にして―-最近では「られる」は助動詞と言わないで「見られる」の活用語尾とする考えもあります―-敬意を表すようにしたものです。
[2]は「見る」の敬語形「見られる」より敬意のレベルが高い、もうひとつの敬語形「ご覧になる」です。
[3]は敬意の高いレベルの敬語形「ご覧になっていた」の「ている」の部分を敬語形にした「ご覧になっていらっしゃった」で、そこまで言う必要はないと思われるほどのコテコテ敬語です。
そして [4]は、敬語形「ご覧になる」の「なる」の部分を敬語形にした「ご覧になられる」で二重敬語とされるものです。
どれも間違いではありません。忙しい介護職員の方が、ここまで記録に敬語を使わなければならないと言う現実に目を向けたいと思います。
まず介護の現場での話しことばは、高齢の利用者と直接向かい合っていたり、また、その家族のことが話題になったりするので、その話の相手に対する敬意をこめた言い方をすることが求められます。「お昼食べた?」では失礼で、「お昼食べましたか?」とか「お昼召し上がりましたか」になるでしょう。敬語自身は差別を生むものだから使いたくないと思ったとしても、日本語に敬語がある以上使わないわけにはいかない場面も多いのです。
しかし、書きことばの記録は事実を正確に伝えるためのものですから、そこに敬意のような主観を入れる必要はありません。むしろ入らないほうが事実だけを伝えられます。その記録に上に見たような過剰ともいえる敬語が多く使われるのはなぜでしょう。以下はわたしの推測です。3点考えています。
1点目は情報開示です。昨今は情報の扱いに関して、以前とは違った配慮が求められるようになっています。家族から記録を見たいといつ言われるかわかりません。そのとき、「はい」と言って見せた介護記録に「Aさん、テレビを見ていた」だと、Aさんの家族からクレームが来るかもしれない。敬語も使わないで扱われるようでは、うちの母はこの施設で大事に扱われていないのではないかという家族の疑念を先に取り除いておこうとするものです。
2点目は、「利用者さん」を「利用者さま」といわせようとする施設の態度の現れです。ことば上の丁寧さが実質的な丁寧な介護の証拠であるかのような考え方です。
病院でも、「患者さま」「○川▽子様」と呼ばれて、うれしくないと思う人が圧倒的に多いのに―-国立国語研究所の調査結果です-―、まだ「~さま」と呼び続けている病院があります。ことばだけ「さま」とたてまつられても、実質的には長時間待たされ、自分の体を見ないでパソコンばかり見ている医師の粗雑な扱いに慣れている患者は、「~さま」はことばだけの言い訳の丁寧さと知っています。介護記録でも同じです。二重敬語を使わなくても、利用者を人として大事に扱ってもらえたらそれでいいのです。
3点目は、そうした敬語をたくさん使わないと敬意がないと思われるのではないかという介護スタッフが感じている無言の圧力の存在です。
「ケイゴ」より「カイゴ」とわかっている職員は、やたらに敬語をつかわないはずです。介護を受ける側もその家族も、「この職員さん敬語も碌に使えない」などと非難せず、その職員の介護の質を見て評価したいものです。特に若いスタッフは、敬語がうまく使えないと日頃悩んでいます。そのあまり、多く使っておけば間違いはないだろうとどんどんたくさん使っていってしまうのです。その結果「Bさんが申された」のような誤用も出てきてしまいます。
若い人は敬語が使えない、と眉をひそめる前に、若いスタッフがなぜ敬語がうまく使えないのかを考えてみることも必要でしょう。人生の先輩としては、若い介護者がうけている敬語のプレッシャーを解き放つことに手を貸したいものです。
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