撮影:鈴木智哉

ケース
 私も妻も子どもも日本人です。私の仕事のため、スリランカに家族で移住しましたが、その1年2ヶ月後、妻が子どもを連れて帰国してしまいました。子どもの返還を求められるでしょうか。

 ◎ハーグ条約と実施法
 2013年5月、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)が批准され、2014年4月、「国際的な子の奪取の民事地黄の側面に関する条約の実施に関する法律」(ハーグ条約実施法)が施行されました。ハーグ条約は、締約国のいずれかに不法に連れ去られ、または留置されている子の迅速な返還を確保し、締約国の法令に基づく監護の権利または接触の権利がほかの締約国において効果的に尊重されることを確保することです。国境を越えた子どもの奪取が対象ですので、父母の国籍や子どもの国籍は無関係で、日本人同士の父母ということもありえます。

 ◎子の返還手続とは
 ハーグ条約実施法は、①子の返還及び子との面会交流に関して中央当局(日本の場合、外務大臣)が行う援助(子の所在確認、法制度の情報提供、合意解決のための協議のあっせん等)、②子の返還に関する事件の手続、③子の返還の執行手続について定めています
このうち②の子の返還に関する事件の手続ですが、まず子の返還命令の手続の管轄は、東京家庭裁判所と大阪家庭裁判所です(実施法32条)。
日本への連れ去りまたは日本における留置により、子についての監護の権利を侵害された者は、子を監護している者に対し、子が元々居住していた国(常居所地国)に返還することを命ずるよう家庭裁判所に申し立てることができます(実施法26条)。

 ◎審理の対象は返還事由・返還拒否事由に限定
 国内の子の引渡しを請求する場合、監護者指定の申立てと同時に申し立て、監護能力や監護の継続性などの事情から、父母のどちらが監護者として的確かを審理されるのがほとんどです。
しかし、ハーグ条約実施法に基づく子の返還命令では、審理の対象は、返還事由、返還拒否事由に限定され、監護権の帰属が審理されるのではありません。
手続開始から6週間以内に子の返還の可否が判断されます。

 ◎返還事由
 以下の事由のいずれにも該当する場合には、裁判所は子の返還を命じなければなりません(実施法27条)。
1 子が16歳に達していないこと。
2 子が日本国内に所在していること。
3 常居所地国の法令によれば、連れ去りまたは留置が申立人の有する子についての監護の権利を侵害するものであること。
4 連れ去りのときまたは留置の開始のときに、常居所地国が条約締約国であったこと。

 ◎返還拒否事由
 では返還を命じてはいけないのはどんな場合でしょうか。以下の各事由のいずれかがある場合です。では返還を命じてはいけないのはどんな場合でしょうか。以下の各事由のいずれかがある場合です。
1 子の返還申立てが連れ去り時または留置開始時から1年経過後になされ、かつ、子が新たな環境に適応していること。
2 申立人が連れ去り時または留置開始時に、子に対して監護の権利を現実に行使していなかったこと。
3 申立人が連れ去りの前もしくは留置開始の前にこれに同意し、または連れ去りの後もしくは留置の開始後にこれを承諾したこと
4 常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐えがたい状況に置くこととなる重大な危険があること。
5 子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮する子が適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること。
6 常居所地国に子を返還することが、日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められないものであること。
 ただし、1から3まで、または5が認められた場合でも、裁判所は一切の事情を考慮して、常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができます(実施法28条1項ただし書)。
 4の有無を判断するにあたっては、裁判所は、次に掲げる事情その他一切の事情を考慮します(同条2項)。
 ア 常居所地国において子が申立人か虐待を受けるおそれ。
 イ 相手方および子が常居所地国に入国した場合、相手方が申立人から子に心理的外傷を与えることになるDVを受けるおそれ。
 ウ 子の返還後に父母ともに子を監護することが困難な事情(申立人が薬物中毒、アルコール依存症であること、相手方が帰国後に逮捕・刑事訴追されるおそれや帰国後に適法な在留資格を得られないおそれ)

 ◎本ケースでは
 ケースのもとになった大阪家決平成26年11月19日法学教室412号179頁では、裁判所は、子どもが9月以降も現地の学校に通学する予定だったことなどから、スリランカが子の常居所地国であるとして、妻に子の返還を命じる決定をしました。

次回もハーグ条約実施法を取り上げます。