電話交換手はなぜ「女の仕事」になったのか:技術とジェンダーの日独比較社会史

著者:石井香江

ミネルヴァ書房( 2018-05-10 )


 「電話交換手というと、座っているものとばかり思っていましたが、表紙の絵では立って仕事をし、しかも男性と一緒で、服装もお金がかかっていそうですね」と、献本させていただいたある研究者から早速コメントを頂いた。表表紙に使用した絵は、電話交換手がまだ「男の仕事」でも「女の仕事」でもあった時代に描かれたものだ。男性か女性のいずれかに偏った職場の写真や絵は多いが、どういうわけか、混成ユニットで仕事をしている様子をとらえたケースにはなかなかお目にかからない。
 一般的なイメージとは異なるが、歴史をたどれば電話交換手は元々「男の仕事」であった。電話の技術革新以前は、電話一台で扱える回線数が限られていたために、時に他の交換台に移動するか、拡声器で要件を伝えるかしなければならなかった。一か所に座ってなどいられず、男女とも忙しく立ち働いていたのである。表紙の絵は19世紀末のベルリンの電話局の様子を描いたもので、技術革新を一つの契機として、電話交換手が男性から女性市民層の仕事に徐々に移り変わっていく瞬間をとらえた貴重な一枚である。
 この絵がA面であるとすれば、電信局で働く男性の電信技手の姿を描いた裏表紙の絵はB面である。本書の元々のタイトルは『<電話交換手/電信技手>の歴史社会学』であった。説明がなければ理解できないので、結局タイトルを現在のかたちに変えることにしたが、スラッシュ記号の入った奇抜なタイトルで、本書では電話交換手が「女の仕事」になっていくプロセスを、電信技手が「男の仕事」なっていくプロセスと表裏一体のもの(「性別職務分離」という)としてとらえていることを強調したかった。
 電話交換手が「女の仕事」であった事実についてはよく知られているが、その理由や経緯について、必ずしも説得的な説明がなされてきたわけではない。男女間の賃金格差や仕事への満足感など男女間の不平等の要因ともなる「性別職務分離」であるが、これは果たして男女の能力、身体的特性、職業選択などの「違い」に根ざすものなのだろうか。本書は本質主義的に男女の「違い」を前提にするのではなく、「違い」が制度・実践・言説によって下支えされるプロセスに注目している。さらに、ドイツと日本の事例に注目する比較社会史の方法により、一国史的な枠組みでは見えてはこない観点を探り当てている。
 現在も銀行事務職、介護・育児職をはじめとするさまざまな分野で性別職務分離の存在が確認できる。これとも関連する職業病とジェンダーの関係も注目されてしかるべきだろう。この現状を、変えることのできない運命ではなく、社会問題としてとらえ直し、変えていく道筋をたどろうとしている方に、本書が何がしかのヒントを提供できれば幸いである。