タイの「耳長族」と「首長族」(3ヵ国目/世界一周)

バックパックを背負ってスタートした世界一周旅行、2ヵ国目のラオスを過ぎ、3ヵ国目はタイに来ました。世界経済フォーラム(WEF)によると、タイのジェンダーギャップ指数は調査対象144ヵ国のうち75位(2017年データ)。日本の114位に比べると、ジェンダー平等が進んでいます。東京からタイの首都バンコクまでの距離は約4600km。直行便が多く出ており、成田羽田空港発の場合、7時間ほどかかります。

今回はタイの北に位置するチェンマイという古都へ来ました。日本ではあまり知られていませんが、歴史の長さや都市の格から、ここチェンマイはバンコクに次ぐ第二の都市とされています。そんなチェンマイで向かったのは、「耳長族」や日本でも有名な「首長族」が住む村です。実際、耳長族や首長族の方たちを前にした時はやはり衝撃を受けました。人体の一部が、見たこともないスケールで変形しているのですから。

通常鼻くらいまでしかないはずの耳たぶが、顎までのびています。耳を伸ばす装置であるピアスをとってもらうと、耳には5センチほどの穴が。日本人にとっては1ミリほどしかないないはずのピアスの穴は、幼少期の頃から拡張され続けたおかげで、老年には耳を変形させるほどになるのです。耳を長くするという文化に初めて触れる私は、その姿を痛々しく感じました。

首長族は、その名の通り、確かに首が長いです。しかし、医学的には首が長くなったのではなく、首輪によって肩が陥没しているのだそう。首輪を外して生活すれば、首は通常の長さに戻るとのこと。幼少期に数本の首輪がはめられ、歳を重ねるごとに、1つまた1つと増やしていきます。実際に彼女たちがはめている首輪を付けてみたのですが、意外にも重い。見た目以上に重いうえに、頭が動かしづらい。そして、機織りをしている彼女たちを見ると、自由に頭を動かすことができない様子でした。特に、下は見られないようです。

このユニークな慣習、耳を長くしているのも首を長くしているのも、女性だけ。男性は誰一人として耳を長くはしないし、首を長くもしません。そんな光景を見て、私は「女性差別」の感覚を覚えました。しかし、それを女性差別と捉えることが、必ずしも正解ではないと思ったこともまた事実です。女性だけが付けさせられている、と捉えるのではなく、女性だけが付けることの許される装飾品なのだと。身体の一部を変化させることは、彼らが自身の民族で生きることの誇りなのだと。首長族や耳長族に対して、同じ文化圏にいない私たちはその特殊な人体改造について女性差別だと簡単に批判することができます。しかしその一方で、長い歴史の中で作られてきた尊重すべき文化であることも確かです。文化相対主義の立場を取るならば、彼らの文化を否定することはできません。

男女の格差撤廃は、文化・伝統のどこまで踏み込むのか。その一つの基準として、彼女たち一人ひとりの意思を尊重する「選択肢」が必要なのではないでしょうか。文化も伝統も、捉え方を変えればマイナスにもプラスにもなる。しかし、当の彼女たちが本当にそれを付けていたいと思って付けているのか、はたまた強制されたから付けているのか。この意思の尊重と選択の自由があったのかどうかが重要なのではないか。自身の意見をもって文化に対する選択をし、首を長くしていてもしていなくても、耳を長くしていてもしていなくても、どちらの女性も尊重される社会。それが一つの目指すべき形ではないか、と考えました。(佐野仁美)