●保守的なカトリカ教皇大学にもtsunami“襲来”

 5月中旬、フェミニズムのtsunamiは、チリ大学と1,2を争う名門・私立カトリカ教皇大学にも“襲来”。
 軍事政権下、チリ大学を弱体化するのと並行して重点的に強化された背景をもつカトリカ大学は、名前から分かるとおり、非常に宗教的で保守的な大学です。
 右派の現大統領の母校であり、前バチェレ政権下で一部合法化された妊娠人工中絶にも当然反対の立場です(先日、カトリカ大学アジア研究センターにて、日本のウーマンリブについて発表したときのこと。リブの女性たちが、事実上の中絶禁止に反対した優生保護法改悪阻止運動の経緯についても含まれていました。日西通訳の方に、このトピックを本当にこの大学で話して大丈夫か、今後不利にならないかととても心配されました)。
 チリ大学のキャンパスがもともと自由で雑然としていて、政治的な主張を前面に出した壁画など“左翼”的な空気があるのに対して、普段のカトリカ大学はキャンパスも整然としていて保守的な雰囲気なのが写真からも伝わるでしょうか。

 そんな保守的なカトリカ大学本部の中庭で、ヨハネ・パウロ2世像によじ登る、上半身裸+覆面の女子学生たち。

出典 https://twitter.com/holasoy_eldiego/status/996798127377141761

 女のからだは女のもの。性的に客体化されてきた女性の身体を取り戻そうという、強いフェミニスト的メッセージが込められたパフォーマンスです。
 この行動はカトリカ大学での運動を象徴するものであり、センセーショナルといっていいほど強いインパクトを与えたようで、マスコミにも大きく取り上げられました(後日、チリ大学にもこの女子学生たちを描いた旗が掛けられていました)。
 日本のフェミニズムの歴史を振り返って、参加者たちが裸になって語らった1971年第一回リブ合宿を想起しました。

 下は、挑発的な修道女の“コスプレ”で訴えるカトリカ大の学生たち。

出典 http://www.eldesconcierto.cl/2018/05/16/fotos-tsunami-feminista-las-mejores-postales-que-dejo-la-marcha-por-una-educacion-no-sexista/


●〈占拠〉の具体的な成果と課題

 後日、あるシンポジウムでカトリカ大学の〈占拠〉主催者の学生の話を聞く機会がありました。彼女によると、〈占拠〉を計画したときには開始15分で警察に連れて行かれるだろうと思っていたが、予想に反して3日間も続けられた、とのこと。彼女は理系で、女子学生は専攻内で2人だけ。教員から「女がここで何をしているんだ?」と言われたこともあったといいます。セクハラについてのプロトコルがない中で、大学側へ個人の声は届かない、しかし運動を組織した結果、女子学生たちの声を大学側に伝えることができた、と感想を述べていました。

 チリ大学では3ヶ月に及ぶ占拠の末、先日、学生側が大学側と合意に達し、一部のキャンパスで〈占拠〉が終了しました。合意文書のなかでは、学内組織であるジェンダー平等理事会の強化、セクハラや性暴力の被害者を保護するプロトコルなどが定められています。また、女子学生への性的加害で訴えられたある男性教授へは、チリ大学教員の連名で辞任要求が出されています。

 また、ジャーナリズムを専攻するチリ大学の若手女性研究者とこの学生運動について話す機会がありました。彼女によると、このようなフェミニズムの盛り上がりは、チリの歴史上、未だかつて無いとのこと。
 チリ大学はチリで最も伝統と権威のある国立大学で、社会の変革を牽引してきた、だからこそ、チリ大学での運動は一大学にとどまらず、大きな社会的な意味を持っているのだとも話してくれました。そのチリ大学の学生たちが、大学側から具体的なジェンダー暴力対策まで引き出したのにも大きな意味があるでしょう。

 4月にはじまった女子学生たちの運動は、歴史的なフェミニズムのtsunamiとなりました。日本人として感じるのは、もともとチリ社会は社会運動がとても身近で、デモなどを通じた、学生の政治参加が特別ではないということ。2011年にも学費無料化を求める大きな学生運動がありましたが、学生たちが運動の方法論、具体的な戦略を知っているんだなという印象を受けます。
 世論もそれを支持しています。サンティアゴの調査会社CADEMの世論調査によると、5月下旬の時点で、71%がこの運動を支持し、デモと〈占拠〉を支持する割合もそれぞれ65%、66%にのぼるという結果です。フェミニズム運動についての世論調査が迅速になされることにも驚きました。
 しかし、同大ジェンダー研究学際センタースタッフの話によると、この運動で一定の成果は出ているものの、まだ解決すべき問題は多いとのこと。たとえば、学生たちのパーティー中、飲み物に睡眠薬を入れられた女子学生が性的被害を受けるなどの事件もあり、こうした学生間のセクハラ・性暴力に関する問題は解決されていないようです。
 CADEMによる最新の世論調査では、女性の9割がチリはマチスモ(男性優位主義)の社会であると感じているとのこと(男性は6割)。どんな戦略でそうした社会を変革していくのか。次世代を担う女子学生たちの運動から、今後も目が離せません。

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