ルース・ベイダー・ギンズバーグは、現在アメリカの最高裁判所にいる9人(うち、女性は3人)の判事の一人である。彼女は、1993年にクリントン大統領によって任命されて以来、85歳の今なお最年長の現役だ。アメリカではJFK(ジョン・F・ケネディ)、FDR(フランクリン・D・ルーズベルト)らに続いて、「RBG」のイニシャルだけで知られている著名人であり、正義と平等のために闘うアイコンとして敬愛されている。街中には、彼女に関する書籍や絵本、彼女がデザインされたグッズまでが数多く並んでいるという。

『ビリーブ 未来への大逆転』は、1950年代から70年代にわたる、彼女が20代から40代始めごろまでの人生とキャリアの軌跡を、事実をもとに描いた物語である。と同時に、当時アメリカの女性たちの日常を厚い雲のように覆っていた<法のもとでの性差別>に風穴を開けることになったある裁判において、100%の負けを予想された彼女が夫と二人で勝ちとった劇的な勝利が、ドラマティックに描かれている。いわば今を生きるスーパーヒーローの誕生物語とも言える、痛快な作品だ。

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ルース(フェリシティ・ジョーンズ)がハーバード大学法科大学院に入学をした年、院生500人中、女性はたった9人だった。入学後、女性だけを集めて開かれた歓迎会の席上で、学部長から「男性の席を奪ってまで入学した理由を話してくれ」と尋ねられたルースは、「法科の2年生にいる夫マーティン(アーミー・ハマー)を理解できる、よき妻になるためです」と嫌味を込めて答え、失笑を買う。当時、彼女は大学在学中に知り合った彼と結婚し、娘ジェーンを出産していた。

その後、不遇にもマーティンが癌を宣告されるが、ルースは学業をあきらめることなく苦難を乗りこえていく。やがて、ニューヨークの弁護士事務所に就職をしたマーティンのそばで過ごすためにコロンビア大学へ移籍したルースは、1959年に大学を首席で卒業した。夢だった弁護士になるべく、就職先を探すものの、「女性、母親、ユダヤ系」であったルースは、立て続けに弁護士事務所から採用を断られてしまう。数年後、「黒人の候補者がいないから女でもいい」という理由でラトガース大学に教職をえた彼女は、そこで「性差別と法」の授業を受けもつことになった。

夢に向かい前に進もうとする彼女のまわりには、常に理不尽な性差別があった。そのそばで夫マーティンは、彼女の苦労と努力の最大の理解者として、家事も育児も当然のようにともに担い、彼女にエールを送り続けた。娘のジェーンも、自分の振る舞いに何かと口を出すルースに反発しつつ、彼女と同じく、そして彼女とは異なる行動力をもって自立への道を進もうとしていた。

1970年、ようやくルースは弁護士としての一歩を踏みだす機会を得る。ある日、彼女はマーティンから、ある訴訟の記録を見せられた。それは、コロラド州デンバーに住む未婚の男性が、国税庁から親の介護費用の控除申請を却下されたというものだった。当時の法律は、親の介護費用の控除の申請者を女性だけに限定していたのである。この法律を違憲だと認めさせることができれば、法の上での男女平等を達成するための足がかりになる。そう気づいたルースは、無償でこの裁判の上訴を弁護することを申し出た――。

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裁判の場面から登場する「ACLU (アメリカ市民自由連合、American Civil Liberties Union)」は、1920年に設立したNGOで、人権や言論の自由を守るさまざまな活動を、現在もなお続けている。ルースは、この組織の顧問弁護士として働き、性差別と闘う「女性の権利プロジェクト」の責任者にもなった。ルースが憧れる「伝説の弁護士」として登場するドロシー・ケニオン(キャシー・ベイツ。貫禄の演技!)も、弁護士として長く活動を続け、ACLUの理事もつとめるなど多大な功績を残した女性である。

この映画には、心を動かされるセリフがたくさん出てくる。実は本作の脚本は、ルースの実の甥であるダニエル・スティエプルマンが、ルースに事実確認をしながら書き上げたものなのだそうだ。もちろん、脚色も当然あるだろう。それでも、人生の岐路に立つ人を支えるのは他者の存在であり言葉なのだと、本作を見て改めて考えさせられた。

例えばルースが、療養中のマーティンのために代理で出席した授業で、教授が口にするセリフ。あるいは法廷に向かうルースを励ますマーティンの一言(感涙)。特にラストの、5分32秒にわたるルースの演説は圧巻だ(再び感涙)。「女が介護をするのは自然の法則だ」「被告はむしろ、<過激な社会変革-radical social change>を求める弁護士の被害者である」と言われ窮地に立たされたルースが法廷で何を語るかを、ぜひ、劇場の大画面で見てほしい。

本作の監督はミミ・レダー。彼女も、長く女性監督としての逆境や差別と闘ってきただけに、この作品への深い思い入れが感じられる。さらに“Here Comes The Change”という、メッセージ性の高いテーマ曲を提供したのは、シンガー・ソングライターのケシャ。彼女は、セクハラの撲滅を目的に2018年にアメリカで立ち上げられた運動「タイムズ・アップ(TIME'S UP)」への賛同を、第60回グラミー賞で表明し話題となった人だ。

#MeTooや#ともにあるためのフェミニズム、などの動きが日本でも少しずつ広がっていると感じられる今、性別にもとづく(on the basis of sex-この作品の原題である)理不尽さや差別はもうたくさんだと思う人たちの声は、今、世界のあちこちで、幾たび目かの時代の波となっている。この作品の存在そのものがその証左であり、心強い追い風だ。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)

3月22日(金)TOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー

監督:ミミ・レダー『ディープ・インパクト』
出演:フェリシティ・ジョーンズ『博士と彼女のセオリー』、アーミー・ハマー『君の名前で僕を呼んで』、キャシー・ベイツ『ミザリー』
主題歌:KESHA「Here Comes The Change」(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)
原題:ON THE BASIS OF SEX/2018年/アメリカ
© 2018 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.
公式サイト:gaga.ne.jp/believe/

My Own Words

著者:Ruth Bader Ginsburg

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I Dissent: Ruth Bader Ginsburg Makes Her Mark

著者:Debbie Levy

Simon & Schuster Books for Young Readers( 2016-09-20 )