今回はガーナの農村から。少し視点を変え、「男性」に焦点をあててみたいと思います。

ガーナの概観

 「ガーナ」と聞いて多くの人が連想するのがチョコレートだろう。ガーナはカカオ豆の産地として有名である。ただガーナの人々がチョコレートを食べることはほとんどない。

 ガーナは西アフリカに位置している。都市部では近代化が進むが、地方の農村部では伝統的な部族社会も維持されており、部族の言語や「チーフ」と呼ばれる伝統的首長が存在する。伝統的首長、チーフの多くは村の長老で男性である。チーフは村の住民からとても尊敬されており、普段はおちゃらけた若者もチーフの前では態度を正し、腰をかがめて挨拶をする。国全体ではキリスト教徒が多いが、北部はイスラム教徒が多く、キリスト教徒と半々くらいの割内になる。

 部族の伝統や宗教の影響もあり、女性と男性の日常生活での作業分担は明確になっている。ただ、農作業といった「男性の仕事(とされているもの)」を女性がすることは普通にあるし当たり前になっている一方、「女性の仕事(とされているもの)」を男性がすることはほとんどなく、それは当たり前にはなっていない。日本でもそうであるが、「男性の領域」とされているところに女性が入っていくことへの偏見よりも、「女性の領域」とされているところに男性が入っていくことへの偏見の方が(なぜか)強いのである。

「女性の仕事(とされているもの)」

 ガーナの農村女性はとにかく一日中忙しい。日本の戦後の農村女性の状況と似ているかもしれない。水汲みから家族の食事の料理、掃除、農作業そして育児まで、一日中休む暇もなく働いている。農村の多くの家庭には、水道もなければ調理台やガス台もない。家は粘土でできており、床は土を固めただけのものだ。日々の作業は次のような感じだ。

・水汲み:水道がないので通常村の中心にある井戸まで水を汲みにいく。家によっては、井戸は数百メートル離れたところにあり、そこから大きなタライに水を汲み、それを頭の上に載せ、時には気温が40度を超える灼熱の下、赤土の道を歩き、家まで運ぶ。

農村家庭での料理の様子

・料理:日本のように台所があるわけではなく、多くの場合、屋外で地面の上に石と薪を置き、その上に鍋などをのせて調理する。主食は、ヤムイモやキャッサバ、プランテーン、ソルガムなどをつぶし、練ったものが主なもので、それをスープに入れて食べる。フフと呼ばれる、キャッサバとプランテーンを日本の餅つきのように杵でついて作るものもある。

・掃除:もちろん掃除機があるわけはなく、ましてやルンバがあるわけではない。小枝を何本か合わせてくくっただけのほうきで、地面を掃く。土の地面なので、土埃が出るため頻繁に掃き掃除をしなければならない。

・農作業:作物の種まきや草取り、刈り取りといった作業をすべて手作業あるいは牛などの家畜を使って行う。これも灼熱の中あるいは雨風の中、男性と一緒になって行う。

 そしてこれらすべての「女性の仕事」を、妊婦も同じように行う。お腹の中に赤ちゃんを抱え、さらに時にはそのお腹の赤ちゃんの姉妹兄弟である子どもを背負い、お腹と背中両方に赤ちゃんを抱えながらこれらの作業を行う。これらの無理な作業が母体に与える負担は大きい。さらに、適切な栄養を取っていないケースも多く、それが母親だけでなく生まれてくる子どもにも影響を与えている。そのため妊産婦や新生児の死亡も多い。

 ガーナの妊産婦死亡率は、308(出生10万対)(2017年、WHO)。日本の妊産婦死亡率が5(出生10万対)(2017年、WHO)だから、ガーナの死亡率が異常に高いことが分かる。妊産婦死亡率を下げるためには、医療サービスを充実させることがもちろん重要なのだが、同時に、住民自身が妊婦の健康を守ることの大切さを知り、普段から予防のための意識を持ち行動をとることも重要となってくる。

そして、この予防のための行動は、女性だけでなく男性の課題でもある。

「妊婦体験ワークショップ」

 ガーナの農村ではよく住民集会が開かれる。村のチーフをはじめとした長老メンバーからこどもまで、女性から男性まで住民のほとんどが参加し、村のことについて議論する。住民にとって皆が集まる唯一の場であり、議論のあとは伝統的な踊りを踊って終わる。皆で楽しめる憩いの場であり、大事なコミュニケーションの場だ。

 この住民集会の場を活用した「妊婦体験ワークショップ」がガーナ北部の村で行われた。男性が妊婦の疑似体験をすることで、日常生活において妊婦がどのくらい苦労しているのか、そして母体にどのくらいの負担がかかっているのか、理解してもらおうというものである。

お腹が重すぎて…ちょっと照れ笑い

 このワークショップでは、男性数人に「妊婦体験ジャケット」という、お腹の赤ちゃんの体重と同じくらいの重りを付けたジャケットを着用してもらう。たいていの男性はジャケットを着ただけで、その重さに驚き、戸惑う。

お腹の赤ちゃんも背中の赤ちゃんも重くて起き上がれない…ちなみに背中の赤ちゃんは本物





 ジャケットを着ていると座った状態から起き上がるのさえ一苦労。その上赤ちゃんをもう一人背負っているとバランスがとれなくてもう無理。

:ボールペンを拾うだけのことがなぜこんなに難しい…





 床にあるほんの小さなものを拾うのに屈むのさえも一苦労。日常生活のひとつひとつの動作が大変。

腰、痛…





妊婦はこの状態でさらに「女性の仕事」をしている。

ただでさえ腰をかがめての床掃除はつらいのに、さらにお腹と背中に赤ちゃんがいると…

タライを運ぶ男性の必死な形相をみて笑い転げる女性達





 水が入ったタライを持ち上げて頭の上にのせるなんて…一人では到底できない。そしてその水(ここでは水の代わりの重り)をこぼさないよう上手くバランスをとって運ばなければならない。たった一メートル歩くのさえやっとだ。

 女性の仕事がいかに重労働なのか。さらに妊婦となるとどのくらいの負担があるのか。男性は身をもって経験する。そして考える。「このままでいいのか?」

 さらに男性は、普段であれば「『恥ずかしい』女性の仕事」をここでは村の男性の代表として村の長老も見ている前で(最初は少し照れながらも)堂々とやる。

 妊婦体験をした男性は、何を感じたか、どう感じたかを集会に参加している住民全員の前で話す。男性は男性の声を聴く。村の長老も男性の声を聴く。そして女性も男性が何を感じたのか興味津々に聴く。そしてみんなで議論する。「このままでいいのか」「どうしたらよいのか」「何ができるのか」

 男性は実際に体験してみて大変だと感じただろうし、もうやりたくないと思うかもしれない。ただ、一度でも経験し敷居を一つ越えたことで、次はもう少し抵抗なくできるかもしれない。そしてこの体験を見た他の男性も、「自分も真似してみよう」と思うかもしれない。長老は、村の男性が「女性の仕事」をしているのを見ても、この集会のことを思い出し「またやってるな」「それでいいのだ」と理解してくれるかもしれない。

 このワークショップを行った村々ではその後、妊婦の日常作業を手伝う男性が増えただけでなく、村の診療所で行われる妊婦健診や乳児健診に同行する男性が増えたという。

 相手の立場に立ち、相手の気持ち、感覚を理解すること。理論で理解するのではなく、体験を通じて理解する。

 女性が変わるのか、男性が変わるのか。相手を変えるか、自分が変わるか。一方が変わるには、もう一方も変わらなければならない。

付記:この「妊婦体験ワークショップ」は、ガーナに派遣されていたJICA青年海外協力隊の保健師によって導入され、その後もガーナ保健サービス局の職員達によって続けられています。(写真提供:元JICA青年海外協力隊 保健師 久野瞳さん)