

―岡崎判決に対するモヤモヤ
岡崎判決からすでに半年以上が過ぎました。
私は当初、ひどい性虐待の事実があっても、加害者が罰せられなかったという報道に衝撃を受け、司法に対して怒りがこみあげてきました。しかし、怒りはそこにとどまりませんでした。周囲の人と岡崎判決について話題にしてみると、「冤罪の可能性があるから仕方ない」だの、「被害者が同意していた可能性がある」などの声が男性の口から発せられ、岡崎判決に対して男女でとらえ方が異なることに気づいたのです。岡崎判決は司法の問題にとどまらず、この判決を問題視しない人(多くは男性だと直感しました)がこの判決を支えている構造にも問題があると思ったのです。そのようにして私の怒りはジェンダーの問題にも発展していき、自分自身では収集がつかないほどモヤモヤが膨らんでしまいました。
そこで今回、シンポジウムに参加しました。見えてきたのは、性犯罪の実態と、そこから乖離した司法の闇でした。
―講演の内容
第一部では5人の登壇者が報告されました。
まず、心理士であり、児童相談所で虐待を受けた児童の相談にあたっている三桝優子さんは、性虐待の実態を報告されました。性虐待を受けた児童の多くは、すぐに相談することはまれで、加害者である近親者とむしろ友好な関係を築こうとするなどの行動に出るため、発覚が遅れることを指摘されました。
次に、刑法学者の園田寿さんは、岡崎判決ではどのような法的理屈で判断されたか、被害者を救済するためにどのような法改正や法解釈が望まれるかを報告されました。本件で問題となった準強制性交罪の要件である「抗拒不能」要件は、強制性交罪と同様に厳格に解釈するべきではないと指摘されました。
次に、内科医であり、子どもの虐待防止に関わっている山田不二子さんは、三桝さんが報告されたように、虐待を受けた児童がどのような反応を起こすのかを報告されました。そして、性虐待の実態を法曹に知らせる研修の必要性を指摘されました。
さらに、性被害当事者を支援している山本潤さんは、性被害当事者が声を上げることの困難を報告されました。被害届を出す段階で、有罪とされる確率が低ければ警察が捜査に消極的になるなど、被害者が声を上げることを委縮させる社会的要因がたくさんあることを指摘されました。さらに、岡崎判決がここまで話題になったのは、ある女性記者の葛藤と尽力が発端にあったことを明かしました。
最後にジェンダーの点から性暴力被害者の相談にのっておられる周藤由美子さんは、性暴力被害者が声を上げることの困難さを報告されました。
第二部では、3人の登壇者が報告されました。
まず、刑法学者の後藤弘子さんは、法律自体の問題点を報告されました。性犯罪はかつて女性の貞操権を保護法益としていたという歴史的経緯から、男性から見た規定の仕方であると指摘されました。現在の性犯罪は被害者を女性に限定しないなどの改正はされたものの、性被害者が抵抗できることを想定しているなど、対等な力関係を前提とした男性的な規定であると指摘されました。さらに、男性的な法律の背景には、女性法曹の割合の低さもあると指摘されました。
次に、精神科医の宮地尚子さんは、性暴力は被害者にどのような影響(トラウマなど)を与えるかを医学的見地から報告されました。「性」は自分が抱えている潜在的感情を掻き立てる話題であることが、性犯罪が表面化しにくいという問題の背景にあると指摘されました。
最後に社会学者の伊藤公雄さんは、ジェンダーの視点から性暴力が行われる構造と他国の政策を報告しました。多くの男性は精神を安定させるために、自己を上の立場に位置付けたいという欲求があり、それが性暴力を引き起こす可能性があること、そして、そのような男性のカウンセリングをする施設がスウェーデンにあることを紹介されました。
―感想
私は報道当時、岡崎判決の判決文を読んで、被害者の苦しみを想像してはいました。しかし、今回お話を聞いて、その実態は想像をはるかに超えていました。相談を受けたカウンセラーの方や、当事者のお話を聞く中で、性暴力は、長期間にわたって被害者を苦しめ、回復困難な心理的・経済的被害をもたらすことを知りました。
一方、司法の世界は冷淡だと思いました。例えば、性犯罪の保護法益は「性的自由」と簡単に表現されます。想像力で補完しない限り、この抽象的な文言は学問的領域を出ることなく学者と実務家の外国語になりかねません。また、犯罪成立要件として「抗拒不能」を抵抗が著しく困難と限定的に解しています。成人なら抵抗できることを前提とした議論がいかに実態とかけ離れているかが、今回の報告で改めて明らかになりました。岡崎判決の裁判官一人一人が性暴力の実態を知っていれば、要件の解釈につき先例や文言に拘泥せず、実態に即した判断ができたのではないかと思います。まずは、性暴力の実態を知る研修制度の充足などを考えていく必要があると思います。
しかし、この判決を擁護する陣営が一定数いることも周囲の声から感じられました。実態を知ってもなおこの判決を擁護する主張があるとすれば、そこに女性や子供に対しては権力を行使することが許されるといったバイアスがかかっている可能性があります。その点は後藤先生や伊藤先生のお話がヒントになりました。この問題について考える際には、同意に基づく性行為とは何なのか、に対する男女の認識のギャップとも関連していると思いました。今後さらに考えていきたいです。
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