はじめに、この映画を本サイトで紹介することについて、実はかなり悩みました。暴力的な描写があり、暴力が生み出す緊張が続く作品だからです。暴力シーンが苦手という方は、どうぞご覧にならないでください。ただし、以下の映画紹介記事は安心して読んでいただけるように記述しています。文中の最後には、同じく暴力描写が苦手なわたしが、この作品を選んだ理由にも触れました。

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本作は、2003年にアメリカで発足した、実在する白人至上主義者グループ「ヴィンランダーズ(Vinlanders Social Club)」の共同創設者、ブライオン・ワイドナーの実話(注1)にもとづいて作られた物語である。
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ブライオン・“バブス”・ワイドナー(ジェイミー・ベル)は、10代で親に捨てられたあと、白人至上主義者グループを主宰するクレーガー(ビル・キャンプ)とシャリーン(ヴェラ・ファーミガ)に拾われ、彼らに育てられた。「白人以外はこの国から追い出せ」という二人の考えを盲信している彼は、敵とみなす人間には相手かまわず暴力をふるい、グループの幹部としても厚い信頼を得ている。彼の体には、至るところに差別的なメッセージを込めたタトゥーが彫られており、それが、揺るぎない自己の表明でもあった。

ある日、3人の娘を育てるシングルマザーのジュリー(ダニエル・マクドナルド)との出会いがきっかけとなり、ブライオンは自分の生き方に疑問をもち始める。――暴力に依って立つコミュニティを、「家族(family)」と呼べるのだろうか。ジュリーは、ブライオンが今のグループにとどまり続けるのなら関係は続けられないと強く訴え、彼は考えたすえに、黙ってグループを抜け、ジュリーと子どもたちとともに、今までとは違う人生を生きようと決意する。

しかし、ブライオンは前科とタトゥーのせいで、仕事につくことさえままならない。さらには、彼の裏切りを許すはずがないグループの脅迫のせいで、彼と、ジュリーたちまでもが危険にさらされていった――。

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監督、脚本、制作を担当したイスラエル出身のガイ・ナティーヴは、実在のブライオンが転向後、過去の自分と決別するために16か月にも及ぶタトゥー除去手術に臨んだTVドキュメンタリー「Erasing Hate」(11)に感銘を受け、彼の物語の映画化を思い立ったという。本作の制作に先だって作られた、約20分の短編『SKIN』は、2019年アカデミー賞・短編映画賞を受賞している。長編の本作とは全く異なる視点から憎悪と暴力の連鎖を描き、非常に見ごたえがある作品だ(作中、大人たちの暴力を目撃する二人の子どもたちがいる。二人がいずれも男の子であることは、意図的な配役なのだろうか)。機会があれば、ぜひ、合わせてご覧いただきたい。

アメリカ国内で活動するヘイトグループの数は、現在1000近くあると言われている(注2)。映画の中で、ブライオンの転向を手助けすることになるのが、反ヘイト団体を運営するダリル・L・ジェンキンス(マイク・コルター)だ。彼が所属するSPLC(Southern Poverty Law Center)も、実在の団体である。

映画の中で、ダリルが「ヘイト行為を止める方法は3つ。殺すか終身刑にするか、転向させるかだ(原文では Guys like this only have three options: die young, life in prison, or, they start talking.)」と話すセリフがあるが、ヘイトグループの中にいる人たちが自分と異なる他者と向き合い、自己を相対化して見られるようになるのは、安易に「愛の力で」などと言えない、とても難しいことなのだろう。ブライオンの選択と苦悩や、反対にグループに手懐けられていく一人の若者の姿、あるいは若くして子どもを産み、さらにブライオンとの子どもを産む選択をするジュリーと3人の娘たちの姿などからも、ヘイト(他者への偏見に基づく憎悪)が増幅させる暴力や、それをつくり出す社会背景など、この問題との向き合いかたについて、さまざまに考えさせられる作品だ。

暴力を描く映画において、わたしは暴力描写が苦手なだけでなく、暴力が支配する場の緊張感(暴力の予兆)に耐えることができない。そこに性暴力だけは存在しない、なんてことがあるはずはなく、むしろ安易に物語の「ダシ」に使われることすらある性暴力描写は、いつでも、自分の痛みや恐怖を呼びさまし、その後長く自分の心身を痛めつけてくるリスクがあるからだ(映画が好きなわたしは、うっかり見てしまい何度苦しんだことでしょうか…)。

本作の中にも、シャリーンが「あなたの安全は約束する。でも、あの娘たちが心配だわ」と、転向しようとするブライオンを暗に脅して連れ戻すシーンがあるが、わたしは、もとより物語の中に3人の少女たちが登場した時点から、すでに、その予感を抱えずに見ることができなかった。実際には、恐れていた悲劇の場面は起こらないので安心して見てほしい。ただし、ジュリーが、彼女の前のパートナーが暴力的だったこと、彼が長女に暴力をふるっていたのを見たと語るシーンがあるのだが、それで十分に語るべきことは語られているように思われた。そのシーンの「語らなさ」も含め、全体的に抑制のきいた暴力表現を、わたしは信頼できると感じている。

本作は、これ以上ないほど暴力的なテーマを扱いながら、他の暴力描写も含めて、意識的に「暴力の消費」から踏みとどまっており、その点で信頼して見られる作品だとお勧めしたい。人が、変わるための痛みを引き受けるということと真摯に向き合った作品だ。フィリップ・ジョン・ルーウィンの曲 "Watercolours" にも泣かされてしまう。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)

2020年6月26日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー。名古屋シネマテークなど、短編『SKIN』を同時上映する劇場もあります。各劇場サイトの情報をご確認ください。

監督・脚本:ガイ・ナティーヴ
製作:ジェイミー・レイ・ニューマン、ガイ・ナティーヴ
撮影:アルノー・ポーティエ
編集:リー・パーシー、マイケル・テイラー
音楽:ダン・ローマー
出演:ジェイミー・ベル、ダニエル・マクドナルド、ダニエル・ヘンシュオール、ビル・キャンプ、ルイーザ・クラウゼ、カイリー・ロジャーズ、コルビ・ガネット、マイク・コルター、ヴェラ・ファーミガ
2019年|アメリカ映画|カラー|DCP|118分|原題:SKIN
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注1:ブライオン・ワイドナーのインタビュー記事はこちら
注2:SPLC(Southern Poverty Law Center)による最新のレポートによると、2018年は1020、2019年には940のヘイトグループが活動している。