「一本釣り」されてミニコミ図書館へ
このたび上記のささやかな研究書を出版した。これまで主としてらいてうの自伝と著作集に依拠して書かれてきたらいてう論に対し、未公開資料をつかって書いたものを入れたことからその資料の保存と公開を果たすべきと考えて出版させていただいた。そこで「資料の保存・公開はなぜ必要か」という点に絞って書く。
ミニコミ図書館は、はじめ1970年代以降ウーマンリブの運動が全国に広がり、各地で手づくりのミニコミ誌が発刊されたものが散逸するのを惜しんで、記録を残すという趣旨であったと聞くが、リブだけでなく地域女性史を含めて女性たちの「小さな声」を残そうというミニコミ図書館の意向でWANの東京オフィス近くに住むわたしが「一本釣り」されたのである。それには理由があった。
じつは、わたしもここ10年あまり平塚らいてうの未公開資料の整理・保存・公開をめざしてきた。らいてうの著作集や自伝の編集に尽力された小林登美枝さんが亡くなられたあと、ご自宅に資料が残されていたのである。これがもともと奥村家に保存されていたらいてうの日記や書簡、手書きのメモなどを含む生資料の一部であり、小林さんがらいてう没後自伝の編集や著作集編集のため奥村家から運んだものであることが分かったのは、らいてうの家オープン後倉庫から出して内容確認を始めてからであった。

著作集目録から脱落した資料を追って
『平塚らいてう著作集』(1983-4年刊)については、それ以前から著作目録にいくつかの脱落があることに気がついていた。特に重要と思われるのは戦時中『輝ク』に書いたらいてうの文章が入っていないことだった。それはらいてうの「戦争加担」とされる文章である。このときの「平塚らいてう著作集編集委員会」のメンバーは小林登美枝さんをはじめ大岡昇平、櫛田ふき、古在由重、築添曙生、丸岡秀子、そしてわたしの7人だった。当時『輝ク』は復刻されておらず、編集委員会にもリストは出なかった。わたし以外の編集委員はすべて他界されている。
刊行後そのことを知ったわたしは責任を感じ、「らいてうの戦争責任」について調べ直した。らいてうはなぜ国共合作による抗日民族統一戦線に反対し、日本政府主導の汪兆銘政権を支持したのか。資料をたどって上海まで行き、1933年パートナー奥村博史の上海訪問と内山書店との接点、そこで魯迅の死去に出会って油彩画「魯迅臨終の図」を描いたこと、上海在住の洋画家陳抱一とその妻である日本人女性及び娘陳緑妮との戦中戦後にわたる交流を経てらいてうが戦後「中國との戦争を阻止できなかった」ことを深く愧じ、一貫してその立場から行動したことなどを明らかにすることができた。

自伝4巻(戦中戦後編)の典拠となった資料
未公開資料は、平塚らいてう自伝『元始、女性は太陽であった』の記述にもかかわる。自伝4巻(戦中戦後編)は、らいてう没後に小林登美枝さんの編集で完成、小林さんはあとがきでらいてうの書いたものや自分が直接聞いたことだけを文章にしたと断わっておられるが、その出典は明記されなかった。その少なくない部分がこの「らいてう資料」であることがわかったのである。
しかし自伝は、1960年代初めまでで終り、1971年にらいてうが亡くなるまでの約10年間は書かれていない。自伝に引用されなかった資料も多数残っている。その一つに1960年代のらいてうが世界連邦思想をどう考えていたかという問題がある。らいてうは1949年に「世界連邦」思想に共鳴して日本の運動に参加するが、自伝には数年経たずして運動に違和感を持ち、身を引いたと書かれている。「世界連邦運動に対する信念は不変」とあるものの、世界連邦についての記述はその後出てこない。そのため、らいてうの世界連邦思想とその前段である第一次世界大戦後に彼女が到達した「世界民」思想についてはこれまでほとんど言及されなかった。
残された資料ではらいてうが1960年代に入ってからも「個別国家は軍備を持たない」という世界連邦思想を持ち続け、憲法九条の「非武装・非交戦」の精神を支持して「武力ではなく、対話による外交で世界の平和を」と願っていたことがわかる。ウクライナやガザでの戦火がやまず、「台湾有事」を想定して日本の核武装論まで登場する現在、「ただ戦争だけが敵」というらいてうの主張は「国境を超える」平和思想として今も生きる提起ではないだろうか。

大原社研に寄贈・公開された「らいてう資料」の活用を
これらの「らいてう資料」は、奥村家に保存されていた資料と一体化させて法政大学大原社会問題研究所に寄贈され、目録も作成されて現在公開されている(『平塚らいてう関係資料目録』2024年3月刊)。事前に予約すればだれでも現物を閲覧することができ(貸出し不可。複写は原則として写真撮影のみ)、「門外不出」とされてきた日記も同じである。戦中戦後のらいてうの日記をいつか公刊したい。ここから新しいらいてう像とその時代が見えるのではないか。ささやかな拙著にはこうした思いが込められている。
「資料」から何を読み取るか、問われるのはその力だと思う。老いたわたしにその力はもうないかもしれないが、続く方がたに公開された資料の活用を期待したい。それはミニコミ図書館の資料も同様である。

◆書誌データ
書名 :平塚らいてうと現代:女性・戦争・平和を考える
著者 :米田佐代子
頁数 :210頁
刊行日:2025/03/10
出版社:吉川弘文館
定価 :2970円(税込)

平塚らいてうと現代: 女性・戦争・平和を考える

著者:米田 佐代子

吉川弘文館( 2025/03/03 )