
坂本菜の花(なのはな)さんは、石川県珠洲(すず)市に生まれ、2015年の春、15歳のときに沖縄にあるフリースクール「珊瑚舎スコーレ」に入学した。2001年に開校したこの学校は、昼間は初等部から中等部・高等部まであり、夜は夜間中学校として、戦争で学ぶ機会を奪われたおじいやおばあたちが学んでいる。8歳から80歳までの生徒が一緒に行事をつくり、学び合う時間と経験を共にする、ユニークで温かい雰囲気にあふれた場所だ。


菜の花さんは沖縄でたくさんの人と出会い、いろんな場所を訪れながら、そこで見聞きし感じたことを、郷里にある北陸中日新聞紙上のコラム「菜の花の沖縄日記」に書きつづけた。彼女が初めて書いた記事のタイトルは、「おじい、なぜ明るいの?」。菜の花さんは沖縄で、言語に絶する苦しみを経験して生きのびてきた年配の方たちの明るさとユーモアに触れ、その裏にあるのだろう哀しみや、日々の暮らしと切り離すことのできない沖縄の歴史に近づこうとしていく。

彼女が過ごした3年の間に、沖縄では米軍基地があることに起因する事件や事故が立てつづけに起こった。辺野古の新基地建設をめぐっても、繰り返し、選挙や県民投票をとおして明確に反対の意思表明をする沖縄の民意を国が無視しつづけ、工事の現場では沖縄の住民同士が分断され、対立を迫られていく。菜の花さんはそうした事実に眉を曇らせる一方で、学校では三線を学び、伝統的な漁船で競い合うハーリーに参加したり、紅型(びんがた)という沖縄の伝統的な染物で浴衣をつくったりしながら沖縄の独特な文化の豊かさにも魅了され、それらの体験もコラムにつづっていった。

本作は、自分の目で確かめるために現場に足を運び、人々の話を聞いて考え、自分の言葉で発信を続けた10代の菜の花さんの眼差しをとおして、沖縄の姿と、沖縄に暮らす人たちの心に触れるドキュメンタリー映画である。もともと、沖縄テレビのドキュメンタリー番組として2018年に作られ、その放送が反響を呼んだことで新たな映像を加えて映画化されたものだ。
映画では、珊瑚舎スコーレを卒業したあと、実家に戻って暮らす菜の花さんの日常も映し出される。沖縄にいたころのまま、あくまでも自然体で行動し続ける彼女の姿に、わたしはおおきな希望を感じ、胸がはずむ思いがした。
沖縄の言葉、ウチナーグチには「ちむぐりさ(肝苦りさ)」という言葉がある。その意味は、「悲しい」という言葉とも違う。ちむぐりさとは「他人の心の痛み、それを自分のこととして一緒に胸を痛めること」なのだそうだ。


映画の冒頭に、夕暮れに染まる那覇の街を背景に、そのことばがキャプションで示される。同時に聞こえてくるのは、上間綾乃さんのうたう「悲しくてやりきれない(ウチナーグチ・バージョン)」だ。ザ・フォーク・クルセダーズが1968年につくったこの曲は、すでに沢山のアーティストがカバーしているが、2016年に大ヒットしたアニメーション映画『この世界の片隅に』でコトリンゴがカバーしたことで新たに知った方も多いのではないだろうか。ウチナーグチでのびやかに、ゆったりとしたリズムで歌われる同曲は、沖縄出身の俳優・津嘉山正種(つかやま まさね)さんのナレーションと合わさると、いっそう、その意味がしみじみと心に響く。
「ちむぐりさ」は、菜の花さんが覚えたウチナーグチの中でも、特に好きな言葉の一つだという。沖縄の痛みを受け取った彼女は、それを自分の言葉におきかえて社会に発信し、地道に平和の種をまこうとしているように見えた。それが、彼女なりの「ちむぐりさ」の心なのだろう。この映画をとおして、たくさんの人が菜の花さんのまっすぐな言葉を受け取り、共に考えるきっかけにしてくださったらいいなと思う。公式ウエブサイトはこちら。彼女のつむいだ言葉は書籍『菜の花の沖縄日記』(ヘウレーカ)でも読むことができる。(中村奈津子)
現在、新潟・シネ・ウインド、北海道・シアターキノで上映中。7月17日(金)からは岩手・盛岡ルミエール、18日(土)からは愛知・名古屋シネマテークなど、全国順次公開!
監督:平良いずみ 語り:津嘉山正種
プロデューサー:山里孫存・末吉敦彦
製作:沖縄テレビ放送 配給:太秦
2020/日本/DCP/カラー/106分
©沖縄テレビ放送

【『くらしと教育をつなぐWe』でも、坂本菜の花さんのエッセイが読めます!】
フェミックスが発行する季刊誌『くらしと教育をつなぐWe』の最新号(2020年6/7月 226号)では、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の平良いずみ監督のインタビュー記事が特集で読めます。本書では、222号(2019年10/11月号)で坂本菜の花さんのインタビュー記事が特集されているほか、現在は彼女によるエッセイ「ケの話」もスタートしています。ぜひ、お手に取ってみてください。
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