
西村有さん(仮名)は、大学卒業後、結婚を機に7年つとめたIT企業から引越会社へ転職した。やがて、セールスドライバーから営業職へ昇格。ひと月の勤務時間は392時間に及ぶこともあった。営業成績でトップをおさめ、猛烈に働いていた西村さんは、あるとき仕事中に事故を起こし、会社から48万円の弁償金を求められる。こうした弁償金を課せられることを、この会社の社員たちは自虐的に「アリ地獄」と呼んでいた。

社内に相談できる先もなく困った彼は、一人でも入れる労働組合「プレカリアートユニオン」(以下、「ユニオン」)の存在を知って相談に行き、そこで、弁償金の支払い義務はないことを知る。だが、ユニオンのサポートを受けて会社との交渉を試みると、会社は西村さんをシュレッダー係へ配置転換し、給与も半減。さらに「業務上の機密事項の漏洩」などの理由で懲戒解雇を言いわたし(のちに撤回)、その理由を書いた「罪状ペーパー」を全国の支店へ貼りだすなど、彼に報復としか思えない仕打ちを重ねていった。
そんな会社に対し西村さんが取った選択は、理不尽さに抗い、会社の不当な慣行を改善するための「闘い」だった――。
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この映画は、西村さんの3年間の闘いと労働争議の様相を描いたドキュメンタリーである。彼は、会社から信じがたい扱いをうけながら、どこか飄々とした様子で出勤し、淡々と、粉塵の舞う部屋でシュレッダーをかけ続ける。そして、昼休みにはユニオンが行う会社前での抗議行動にマイクを持って立ち、またシュレッダーに向かう。――こんなふうに冷静に闘う原動力が一体どこから生まれてくるのだろうと、わたしは驚きながら見ていた。自分だったら、それが会社の目論見だと分かっていても、早々に会社に見切りをつけるか、心が折れてしまうだろう。

映画には、西村さんが会社から和解を引き出すまでの道のりを伴走する、たくさんの人たちの姿も映し出される。ユニオンの仲間達や、同じ会社に集団で訴訟を起こした元社員たち。そして家族。――西村さんは、強い信念に支えられたうえで、独りではなかったから闘いつづけることができたのだ。
とくに、圧倒的に力の差がある使用者と労働者との関係において、対等に闘う(=労働者の権利と人としての尊厳を守り、職場を改善する)ために、「組合(ユニオン)」の存在は欠かせない。わたしは序盤の、ユニオンの委員長・清水直子さんが会社の役員と交渉にあたるシーンに圧倒され、その後も、いくつかの場面で組合の存在意義を痛感した。
※余談だが、働くときに、労働者がどういった権利をもつか(憲法28条の団結権、団体交渉権、団体行動権)、それがなぜ、憲法で保障されているかといったことを、ちゃんと学んだことがないなー、とか、聞いたけど忘れちゃった!という人は、プレカリアートユニオンのHPにある「労働組合とは何か?労基署・弁護士との違い」というページの説明がとても分かりやすいので、ぜひご一読を!

この作品の撮影・編集・構成を担当した土屋トカチ監督も、カメラをもって西村さんに伴走した一人である。監督は、自身がディレクターをつとめていた「レイバーネットTV」という労働運動に関するインターネット番組で西村さんと出会い、それ以前から企画をあたためていた映画の制作に取り掛かる決意をしたという。監督の胸には、常に、41歳のときに妻と3人の子どもを残して自死した親友の姿があったことを、彼自身が作品の中でも語っている。
わたしは、実はひとつだけ、実直に頑張る西村さんにどうしてもモヤモヤする気持ちが残った。彼は、働きすぎていた自分のことを、どう思っているのだろう。「仕事以外の生活(地域活動や家事・育児・介護、余暇など)の大部分を犠牲にして仕事に邁進すること」は、労働者を「働く機械」としか思っていない会社にとってはメリットでしかない。でも、一度しかない人生を生きているその人にとって、さらに社会にとってはどうだろうか。
日本は、過労死等に関する労災の請求件数が年間3,000件近く(2019年度で2,996件。前年度比299件増)もある国だ。一年でおよそ20,000人もいる自殺者の内、勤務問題を原因・動機のひとつとする人も2,000人ほどにのぼる。それでもなお、政府がすすめる「働き方改革」では、長時間労働の解消がうたわれながら、特例によって「死なずに済む、過労死ギリギリの労働時間」が肯定されてしまった。「人間らしい生活のための労働時間」は、いったい、いつになったら実現できるのだろう。

この映画は、2019年12月、全国に先駆けて名古屋のミニシアター、シネマスコーレで劇場公開された。たいてい、ほとんどの劇場公開は東京からスタートする。邪推でしかないが、公開に躊躇する劇場が多かったのではないだろうか(って、最初に作品を見たわたし自身、具体的に社名が明かされているこの作品を、どう紹介していいか悩みました。小心者~)。
とはいえ、この作品はインパクトの大きさゆえに、公開からじわじわと評判が広がった。2020年「第2回ピッツバーグ大学 日本ドキュメンタリー映画賞」グランプリ受賞、「第20回ニッポン・コネクション 第1回ニッポン・オンライン賞」受賞などの評価を受けながら、世界中の人たちの元に届き始めている。10月下旬から再び国内でも劇場公開が始まるため、ぜひチェックしてみていただきたい。公式ウエブサイトはこちら(中村奈津子)
2020年10月下旬、東京渋谷・ユーロスペース、11月1日~、東京田端・シネマ・チュプキ・タバタ等で公開!
監督・撮影・編集・構成/土屋トカチ
取材協力/プレカリアートユニオン
ナレーション/可野浩太郎
主題歌/マーガレットズロース「コントローラー」
挿入歌/ The Old & Moderns「6月」
構成/飯田基晴、整音/常田高志
広告デザイン/信田風馬(創造集団 440Hz)
企画/小笠原史仁・土屋トカチ
制作/映像グループ ローポジション
白浜台映像事務所
配給/映像グループ ローポジション
日本/ 2019 / 98 分/ブルーレイ
https://www.ari2591059.com/

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