上野千鶴子先生から「投稿してみませんか?」とお誘いを受けたとき、少し意外な気がしました。というのは、これまで献本させていただいた本の中には、もっとこちら(WAN)のサイトにふさわしい本があるような気もするからです(ジェンダー関連、社会学関連等)。とはいえジェンダー研究やフェミニズムも、「人間とは何か」という問いかけや人類の歩み(人類史)と無関係ではありえないでしょう。上野先生が『現代思想 コロナ時代を生きるための60冊』でジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を紹介されていたこととも関係があるのかもしれません。そう思い直して、ありがたく紹介させていただくことにしました。

本書は、英国の人類学者・解剖学者であるアリス・ロバーツ博士が、特に「飼いならし」(家畜化・栽培化)によって結びついている他の種との関わり・歴史を軸に、人間とは何かを探究した本です。人類学はもとより、生態学、遺伝学、考古学などの知見を織り込んだ学際的な一冊となっています。上野先生が前掲書でいみじくも「人類史は、生態系、技術、資源、気候、競争と伝播、制度と文化などの要因のふくざつな関数によって成り立っているから、それら多様な要因に目配りする必要がある」と書いておられた、その多様な要因に目配りしつつ人類史の記述を展開した本であると言えます。

では、この本では人間はいったい何者だと描かれているのか。それは結局のところ、当たり前のように聞こえるかもしれませんが、自然の一部(自然そのもの)であり、他の種との相互関係(飼いならす―飼いならされる関係)によって生きる存在(生かされている存在)である、ということだと思います。最終章「ヒト」の章で、著者はこう書いています。「ヒトと自然は分けられるという考えを抱きつづけることはできない。われわれは、自然とともに生きるすべを学ばなければならない。今世紀の課題は、こうした相互関係を受け止め、野生と戦うばかりではなく共に繁栄する手だてを学ぶことのように思える」

人間と自然を分けて考えるところに、現在地球規模で起きているさまざまな問題の原因が潜んでいると思えなくもありません。COVID-19への対応も、その一つかもしれません。本書には、ヒトが自然と調和して生きていくためのさまざまなヒントが散りばめられています。その中には、きっと人間自身がよりよく生きるためのヒントも含まれていると思います。それはWANサイトが掲げる「ジェンダー平等」、「女性たちをエンパワメントすること」にも(直接的ではないにしろ)通じているはずです。

上野先生は、前述の『現代思想』の文章をこう締めくくっています。「自然史的時間にときどき還るのは、精神衛生によい」。この本もまさにそうした時間に還れます。ぜひご一読たまわれば幸いです。(担当編集者)

もくじ
はじめに
1 イヌ
2 コムギ
3 ウシ
4 トウモロコシ
5 ジャガイモ
6 ニワトリ
7 イネ
8 ウマ
9 リンゴ
10 ヒト

訳者あとがき
参考文献
索引

◆書誌データ◆
書名 :飼いならす――世界を変えた10種の動植物
原題 :Tamed: Ten Species That Changed Our World
著者 :アリス・ロバーツ(Alice Roberts)
訳者 :斉藤隆央
出版社:明石書店
刊行日:2020/10/10
定価 :2,750円(税込)