朝7時半ごろ、近くのJRの駅から電車に乗りました。少し大きい荷物があって、前の方がすいているだろうと、ホームの端近くまで歩いていちばん前の車両に乗り込みました。何か異様でした。座席は全部埋まっていてけっこう混んでいるのですが、音がないのです。そして車内の中ほどの空間がひろくあいているのです。乗っているのは女性ばかりでした。あ、これが女性専用車かとすぐ気がつきました。

 ずいぶん前になりますが、痴漢の被害を防ぐために女性だけの専用車が必要だという意見と、こういうのがあると、いつまでも痴漢はなくならないからよくないという意見と両方あって議論が分かれていました。もうそれからかなり経っていて、私の意識からは女性専用車の存在も消えていました。うっかり乗り込んで、まだ女性専用車があったことを思い知らされた次第です。

 まず、車内の雰囲気が異様でした。今はどの車両に乗っても、マスクの人ばかり、みなうつむいてスマホを見ていて、話し声など聞こえません。そういう意味でコロナ以前を普通とするなら、車内の光景は異常です。女性専用車もマスクと静寂とは同じですが、色彩も単一に近いのです。冬のせいかほとんどだれもがコートを着ていて、その色が黒か紺色、通学中の生徒児童の制服の色でしょう。それにどういうわけか、会社か役所に勤めるらしい女性のコートも大体そんな色なのです。明るい色は見られません。さらに、年齢層が10代から30代ぐらいに集中していて、超高齢社会の日本なのにこの車両には高齢者は見当たりません。モノカラーの車内はやはり異様でした。

 一般の車両では、背の低い女性もいるし、見上げるような体格の男性もいる、ふとった人もやせた人も、制帽の小学生もいるし、髪の白い初老の男性もいる、話し声は聞こえなくても、足音や荷物の擦れ合う音がします。要するに車内は社会の人々の縮図です。それが、女性専用車は違うのです。多様な性の共生が求められているこの時世に、ひとつの性の人しか乗っていないのだから、異様なはずです。

 こういう中で小学校や中学校に通う少女たちが育っていくのは、やはり問題です。自分たちは男の子と違うんだと、男の子はこんな車両を与えられなくても普通の車両で通学できるのに、自分たちは守られなければならない存在だ、弱い性だと、どこかでそういう意識がめばえてもおかしくありません。

 途中の乗換駅で、ドアが開いているこちらの女性専用車に、向かい側の電車からそのまま乗りこんできた中年の男性がいました。車内に足を踏み入れて、ふと辺りを見回してその異様さに気づいて、そそくさと降りていきました。ほんの一瞬でしたが、男性は気まずい思いをしたことでしょう。

 ある駅では、3人の制服の小学生が降りて、いちばん端のホームから階段の方へ歩いていきました。彼女たちは、自分たちはなぜ中央の階段に近い車両に乗らないのか、乗り換えや駅を出るのに便利な中央部の車両にどうして乗らないようにしているのか、疑問に思うことはないのでしょうか。

 そんなちょっとした不便や、少女たちの屈折した意識の芽生えを恐れたりするより、現実問題としてはとにかく痴漢に遭わないことが肝心だ、安心して乗っていられることの方が重要だ、と言われそうです。実際に痴漢の被害にあって怖い思いや屈辱感を味わった経験のある人にとっては、女性専用車という選択肢が用意されていることが通勤・通学時の安心につながります。だから、今すぐ専用車をやめるというのには無理があるかもしれません。たしかにこの車両に乗っているかぎりは痴漢に遭わないでしょう。でも、だから専用車は必要だ、で問題はすむのでしょうか。

 女性専用車は、あくまでも一時しのぎの姑息な手段だという認識を持ち続受けることがまず必要です。こういう車両があって、安心して通勤・通学ができると、痴漢がいることはつい忘れ去られてしまいます。ほかの車両で痴漢の被害に遭っても、専用車に乗らなかったのがいけないとされてしまいます。痴漢の存在をなくすという根本の問題解決には少しも進みません。

 そもそも痴漢を働く人は、人間に対して、特に女性に対して、その人のことを自分と同じ人とは思わない偏った考えを持つ人です。人を、特に女性を尊重しない人です。ただただ自分の嗜好を満足させることしか考えずに行動する人です。社会で生きていくために周囲の人間を人として尊重しあっていくという、当然の規範を学んでこなかった人です。だから、人を尊重する、女性を人として大事にするという幼時からの教育でしか、痴漢をなくすことはできません。大人たちがいつまでも女性を低く見ているような社会では、痴漢はなくならないのです。女性専用車は全く一時しのぎにすぎません。むしろ解決を先延ばししているだけなのです。

 たまたま、12月29日の朝日新聞で、日本のODA(途上国援助)でインドに建設された「デリーメトロ」という鉄道が、初の無人運転を始めたという記事が目に入りました。日本の「ゆりかもめ」と同じシステムが導入され、車両も日本の省エネ技術が生かされているのだそうです。そこまではよかったのですが、なんと女性専用車両もあると紹介し、その写真まで載せているのには驚きました。いかにも日本はいい援助をしてあげているというような書き方です。本当に、インドの人たちにいいことをしてあげていることになるのでしょうか。

 日本でも賛否が別れたまま、必要悪として設けられている女性専用車制度です。それを外国に送りつけるのがいい援助でしょうか。もしかしたら、インドの側からの希望でそうなったのかもしれません。それにしても、痴漢をなくせない日本の姑息なやり方が模範とされて取り入れられたのだとしたら、やはり困ったことです。インドの地下鉄内の痴漢被害がどのくらいあるのか知りませんが、その解決には、インドの人たちがもっと賢い方法を考えだすのを待つしかないでしょう。

 国を越えた知恵を結集して、その場しのぎの女性専用車を根本的に見直す時ではないでしょうか。