「育児」も「介護」も関係ないひとはいない――。
介護の定義には、精神的なケアも入ることをご存知でしょうか。
実際に身体的なケアや金銭的な支出をしていなくても、精神的に介護者を支えていれば、それは立派なケアだと言えるのです。
本書は、研究者である相馬直子氏と山下順子氏が、多くの育児と介護のダブルケアの当事者を取材し、その実態に迫り、行政に働きかけた8年間の“奮闘”をえがいたものです。
印象的なのが、育児・介護の問題が広く知られるようになってきているにも関わらず、当事者の中には「もっと大変な人がいる」「育児も介護も自分がやって当たり前」と思っている方が多いことです。彼ら、彼女らの孤独な立場と、ケアというものがこれまでいかに可視化されてこなかったかということを思い知ります。
一方で、調査によると30代、40代の多くが育児と介護のダブルケアを「身近な問題」と捉えており、50代、60代の多くが経験している、と回答しています。
つまり、誰もがどこかで対峙する問題なのに、ダブルケアの実態は知られておらず、制度も現実に追いついていないのです。
育児・介護は、これまで家庭内のこととして、多くは「嫁」「娘」の手によって行われてきました。育児も介護も家の中で行われることがあまりにも当然で、実践できる女性はいい嫁、いい娘という捉え方をされ、日本の慣習や常識の中では、サービスや公助に頼るという意識があまりありませんでした。これも、ダブルケア当事者を孤独にする一因でした。ダブルケアの視点は、日本の家族観にも深い示唆を与えます。
そんな育児・介護と家族の在り方について文学作品から読み解く、本書第2章「ダブルケアをとりまく「文学」と「制度」」は、作品を通して当事者の心理を知る一助となるでしょう。本章でも抜粋している『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(伊藤比呂美著・講談社・2007年)の一節をここにもご紹介します。
「……足を踏ん張り、歯を食いしばり、ちっとも怖くないふりをして、苦に、苦に、苦にまた苦に、立ち向かってきたんですけど、あゝあ、ほんとに怖かったのでございます」
相馬氏と山下氏、そして行政担当者、当事者たちが活動する中で、実際に2016年に大阪府にダブルケア窓口が誕生します。だんだんとダブルケア研究・活動の成果が実を結んでいます。
いわば、研究者を発火点に、当事者たちの情熱が社会を動かしたのです。
その軌跡を、ぜひ本書で知ってください。
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