
「男性版産休」法案が現実のものとなり、自分事として育児を担う男性が少しずつ増えてはいるものの、実際には女性が「育児責任者」である家庭が大半です。「男よ、もっと当たり前にお前の子どもを育てんかい!」(大意)という女性の語りが溢れる一方、男性当時者の語りはまだまだ足りず、その必要性を感じていました。『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族と幸せのために』は、新米パパが育休を取ったことで「ママの視点」を手に入れ、社会の不条理を体感した男性当事者の貴重な語りです。以下、WAN理事長である上野千鶴子さんの言葉に触れた箇所を、本書より抜粋しました。
育休中、私は、絶対に忘れられない体験をしました。会社に用事ができ、同僚への挨拶も兼ねて、2カ月になった娘を連れて電車で移動した時のことです。(中略)
地下鉄に乗車して10分ほどが経った頃、駅に着く前に電車が止まったのです。先の駅で、乗客が線路に物を落としたとのアナウンス。それならそんなに時間がかかるものでもなかろうと、ぼけ〜っとしていたその時、娘が突然カナキリ声で泣き始めました。
それまでスマホやら本やらに落とされていた周囲の人々の視線が、一斉にこちらに集中しました。どうにか娘を泣き止ませようとしましたが、無駄でした。(中略)電車は、動きません。娘は、泣き止みません。「泣きたいのはこっちだよ(涙)」と思いながら、娘をあやします。でも、娘はエキサイトする一方。実際にはほんの数分でしたが、この時の自分には永遠に感じられました。(中略)
あまりの精神疲労に髪が全部真っ白になるのではないかと思い始めた頃、電車が動き始めました。「よかった! 次の駅で降りて娘を落ち着かせよう……」と思った矢先のこと。
「チッ」という舌打ちが背面から聞こえました。振り返ると、ビジネススーツを着た中年男性がこっちを睨めつけていました。目が合うと、もう一度「チッ」と舌打ちをしました。
普段なら、笑顔でスルーする案件です(心の中で悪態をつきながら)。でもこの時は、娘の連日の激しい夜泣きによる寝不足で、精神的にとても参っていました。そんな、ただでさえ虫の息だった心に、この舌打ちが見事にトドメを刺してくれました。まさに、泣きっ面に蜂。じわっとこみあげてきた涙を、必死に堪えました。この場に妻がいなくて、本当によかった。こんなの、つらすぎる。どうしてこんな目にあわないといけないんだろう。
子どもと一緒に、電車に乗っただけなのに。
私は、人様に舌打ちされるようなことをしているのだろうか。
暗澹たる気持ちで次の駅で下車し(目的地までまだ遠い)、いったん娘を落ち着かせました。泣き止みはしたけど、まだ機嫌はよくなさそう。そうこうしているうちに、次の電車が来ましたが、また娘が泣き叫ぶかもしれないと思うと、足がすくんでしまいます。迷っているうちに、電車は行ってしまいました。ガタンゴトンと過ぎ去る車両を呆然と見つめながら、ふと、社会学者の上野千鶴子氏の言葉を思い出しました。
「女性は、出産・育児をしはじめた途端に、弱者になる」
そうか。私は、そうとは知らず弱者になっていたんだ。これまでママたちが味わってきた理不尽のほんの一部を体験したのか。うん。これは、控えめに言って、最低の気分だ。(引用終わり)
子育て当事者、そしてこの社会をともに生きる子どもを愛するすべてのみなさまに読んでいただきたい一冊です。
『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族の幸せのために』(光文社)
256ページ/四六版ソフト
本体1400円+税(1540円)
2021年5月19日発売
ISBN978-4-334-95243-3
慰安婦
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