「眠ってる姫に知らない男が勝手にキス? とんでもない」エージェントからの新刊案内にあったこの一文で、この本の邦訳絶対出そう、と思いました。
 シンデレラ、人形姫、眠り姫、赤ずきん、ラプンツェルetcといった長く語り継がれてきた古典童話を「女性視点から」新しく語り直した著者は、アメリカ人コメディ作家の女性2人組。文芸誌への寄稿もしつつ、この本の内容を自ら舞台やポッドキャストで演じてるというプロフィールも、なんだか映画の『テルマ&ルイーズ』の主人公2人みたいで痛快でした。
 ご存じのように、“詠み人知らず”の童話や説話には、語り継がれた年月の長さのぶんだけ様々なヴァージョンが存在します。元々のキャラクターや設定の内包する力がそれだけ強固(=再話したくなるほど魅力的)であることの証でもありますが、物語の力とはおそろしいもので、たまたまどこかで誰かが語ったにすぎなかった1つのヴァージョンが、たまたまその時代や社会にぴたっとハマると、以降そのヴァージョンがさも「決定版」であるかのように流布しはじめ、誰も別のヴァージョンを想像すらしなくなるということだって起こりえます。
 この原書の存在を知ったときに私が感じたのは、「自分が”決定版”だと信じこんでたあの童話の展開は、別に”決定版”でもなんでもなかったのかも? ていうかそもそも誰が決定したんだっけ? よく考えたらこれからの新しいヴァージョンは誰にだって作る自由があるんじゃ?」ということでした。 完成した邦訳版を再読して、その思いはより強まっています。
 邦訳版は、「(星新一さんの『シンデレラ王妃の幸福な人生』もふまえつつ)ディズニー映画は好きですが、現実の人生は”その後いつまでも幸せに暮らしました”の一言では片付かないはず」とおっしゃる颯田あきらさんの翻訳と、原書の存在をお伝えしただけで一瞬で趣旨を理解してくださった漫画家・安永知澄さんによる1編ごとに描きおろされた挿絵をえて、より力強いものになっていると自負します。
 少し脱線すれば、近年「カバーソング」という音楽形態が盛んですが、私は特にオリジナル曲とは歌い手の性別が異なるカバーソングが好きで、たとえば松田聖子の曲を宮本浩次が歌ったり、ブルーハーツの曲を少女たちが歌ったり、という例があります。   
 元々の楽曲の素晴らしさは言うまでもありませんが、これらの優れた「性別をこえたカバー」を耳にするとき、それまで見たことのなかった(でも、とても見たかったはずの)風景が目の前に現われて、私はとても自由な気持ちになれます。この本がそんな存在になってくれたらいいなとも思います。
 折しもこの本の日本版制作期間中、アメリカではBLM運動が再び活発化していました。なかでも衝撃的だったのは、いくつかの町でコロンブスやワシントンの銅像が破壊されたり、撤去されたというニュース映像でした。数百年以上前の「建国」から連綿と語られてきた物語を問い返し、語り直そうとする人たちが、いま実際にたくさん存在するということ。
 奪われた、失われた物語は、遅かれ早かれ、本来の主の手に取り戻されなければならない。物語そのもののほうが、むしろそれを望んでいるのかもしれません。   

◆書誌データ
書名 :シンデレラとガラスの天井――フェミニズムの童話集
著者名:ローラ・レーン , エレン・ホーン
翻訳者:颯田 あきら
出版社:太田出版
刊行日:2021/6/26
頁数 :176頁
定価 :1980円(税込)

シンデレラとガラスの天井 フェミニズムの童話集

著者:ローラ・レーン

太田出版( 2021/06/26 )