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失ったものを取り戻す(上) 宇都宮めぐみ
2011.05.27 Fri
東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。被災された方々が、一日も早く、穏やかな生活を取り戻すことができるよう祈っています。
とは言え・・・「一日も早い復興を」と言うことに対しては、慎重にならざるを得ません。ノンフィクション作家の石井光太氏は、地震から一週間後のブログで以下のように書いています。(「石井光太-旅の物語、物語の旅-」、2011年3月18日エントリー「震災から1週間」、http://kotaism.livedoor.biz/archives/51715025.html。改行ママ)
これが「復興」へのプロセスだ。
そして、「復興」は、大勢が望むことである。
だが、全員が全員「復興」を望んでいるのだろうか。
(略)
震災と津波は、家や人間を飲み込んで、瓦礫の山だけを築き上
げた。
だが、その直後にやってきた「復興の津波」は、その瓦礫すら
被災者から奪っていこうとしている。
往々にして、失ったものを取り戻すには、大きなエネルギーと痛みを伴います。そして、重要なことは、何をどのように取り戻すのかをきちんと見極めることでしょう。それは例えば、「復興」を大勢が望むことだとしても、「復興」の波に乗り切れずに立ち止まってしまうことをも、受け止めるべきだということにもつながるかもしれません。
私のエッセイでは、yukiさんのエッセイから「喪失」というキーワードを引き継ぎ、「喪失」とそれを取り戻すということと関わって、三冊の本を紹介したいと思います。
まずは、韓国初の女性首相をつとめた韓明淑(ハン・ミョンスク)氏とその夫である朴聖焌(パク・ソンジュン)氏の往復書簡集である『愛はおそれない』(朝日新聞出版、2010年。訳・解説は徐勝氏)。
1960年代から80年代半ばまで韓国は軍事独裁下にありましたが、その最中に、朴聖焌氏は政治犯として逮捕・投獄されます。新婚6カ月にして離れ離れとなった二人は、その後13年半後に朴聖焌氏が釈放されるまで(その間に、韓明淑氏も逮捕され、2年半を監獄で過ごします)、長きにわたり離別の日々を過ごしますが、その間に交わされた膨大な量の手紙を編集・翻訳したものが本書です。
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韓明淑氏は、韓国の女性運動・民主化運動の担い手の一人ですが、本書には、奪われた、自由・パートナーとの時間・距離・対話・ふれあいを少しでも埋め、取り戻そうとする軌跡が、崇高かつありふれた言葉で綴られています。
もちろんそこには、離別の苦しみとともに数々の壮絶な苦難、そして検閲という熾烈な「監視のフィルター」が横たわっています。そんな中にあっても(むしろ、そんな中にあるからこそと言ったほうが良いのかもしれません)、お互いを思いやり、きわめて慎重に配慮しあい、豊かな言葉があふれる二人の書簡は、あまりにも奇跡めいており、眩しいのです。
とは言え、韓国で二人の書簡が初公開された2007年当時には「珠玉のラブレター」として話題になったそうですが、礼儀正しい文面の行間や紙背に、「知りたい」「伝えたい」「会いたい」「話したい」「触れたい」という強い思いが詰まった本書は、珠玉というにはあまりにも強烈な、「人間の記録」と言えるのではないでしょうか。
そして、本書の訳者が徐勝(ソ・スン)氏だということも見落としてはいけないでしょう。非転向政治犯として19年ものあいだ投獄されていた氏もまた、権力によって多くのものを奪われ、失った一人です。何をどう取り戻すのか・・・という問いは、三氏それぞれの釈放後の活動に表れていることでしょう(徐勝『獄中19年―韓国政治犯のたたかい』岩波書店、1994年も挙げておきます)。
※残りの2冊については、6月10日にアップ予定の「失ったものを取り戻す(下)」でご紹介いたします。
次回「失ったものを取り戻す(下)」へ・・・・つぎの記事はこちらから
カテゴリー:リレー・エッセイ