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失ったものを取り戻す(下) 宇都宮めぐみ

2011.06.10 Fri

※5月27日掲載の「失ったものを取り戻す(上)」の続きです。

次に挙げるのは、韓国のベストセラー作家孔枝泳(コン・ジヨン)氏による、彼女自身とその子供たちをモデルとした小説『楽しい私の家』(新潮社、2010年、訳は蓮池薫氏)です。

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小説は、彼女の17歳の長女(ウィニョン。韓国は数え年なので、作中では19歳)の目線を通して描かれています。有名作家で3回の離婚歴をもつ彼女の母親(孔枝泳氏がモデル)と、一緒に暮らす苗字の違う二人の弟(韓国では基本的に子どもは父親の性を名乗る)とネコとの生活、そして離婚後母を激しく嫌うようになった父とその連れ合いである「新しいお母さん」などとの関係を、ジレンマ渦巻くウィニョンの葛藤とともに、淡々としていながらも変化のある日常を織り込みつつ綴っています。

ウィニョンは、両親の離婚によって人生を傷つけられたと叫びます。彼女が失ったものは、両親から愛されるという経験と実感、自分を信じてくれる、味方をしてくれる人がいるという自信、無邪気に笑い、わがままを言うという「子どもらしさ」、そして、「自分で自分が幸せだと思える」ことです。

物語は、ウィニョンが、父親と「新しいお母さん」との居心地の悪い生活を見限って、離婚以来8年間会うことの許されなかった母親のもとに「脱出」することから始まります。ところが、有名作家でしっかりした大人だと思っていた母親は、明るく聡明に、そして自由奔放にふるまったかと思えば、日々悩み、傷付き、後悔し、子どものように泣き、時々思いが高ぶって支離滅裂なことを言ったりもする一人の女だったのです。

ウィニョンはそんな彼女の姿に呆れながらも、一方で、彼女がつぶやき、諭す言葉や、ウィニョンの過ちでさえもそのまま受け止めようとする姿勢に惹かれ、「母親のもつ力」に抱かれ、「家族」のもつ気楽さを学び、「自分自身を愛すること」を取り戻していくのです。

自分が自分らしく生きること――それはあまりにもシンプルで難しい問いですが、フェミニストである孔枝泳氏が本書にちりばめたエピソードとメッセージは、そんな疑問のなかで立ちどまる女たちの背中を押し、また歩き出すための大きな力になると思います。大げさではなく、本当に。(付けたしとするにはあまりに重要ですが、本書の訳者が蓮池薫氏であることも改めて書き加えておきます。)

最後に挙げるのは、チャン・ウングォル/佐島顕子訳『成均館儒生たちの日々』(上・下。新書館、2011年)。私は2010年の2月から一年間韓国・ソウルで暮らしていましたが、その時に一生懸命見ていたドラマの一つ、「成均館スキャンダル」(2010年8月30日~11月2日放映)の原作小説です。

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このドラマについては、WANで連載していた韓国滞在記でも一度取り上げたことがありますが(http://wan.or.jp/reading/?p=1283。あらすじはこちらをご覧下さい)、父親のいない一家を支えるため男装して朝鮮王朝時代の最高学府・成均館に入学してしまう一人の女性を主人公とした物語です。原作はドラマ以上に階級・貧富・性別をめぐる差別が明確かつ過酷に描かれていますが、「女なんかに学問ができるわけない」という男たちの思いこみを逆手に取りながら、「男女有別」の壁を密かに飛び越えていくキム・ユニが主人公です。

彼女が失ったものは、一つは女であるために与えられなかった様々なチャンスであり(学問をしたり、役所に足を踏み入れたり、男と肩を並べて歩いたり・・・)、そしてもう一つは、男装して生きるために手放さざるをえなかったもの(髪を伸ばしたり、美しいチマを着て外出したり、女同士でおしゃべりしたり、好きな男を見つめることだったり・・・)だと言えます。そういったものを彼女は、本意でないとは言え、男装して男社会に乗り込むことで獲得し、これまた本意ではないながらも、時に女の気持ちで考え、振る舞い、彼女なりの信念をもって「女のあり方」を密かに示していくことで、取り戻していくのです。

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ちなみに、ユニの成均館での友人であり思い人でもあるイ・ソンジュン(ドラマでは、東方神起・JYJのパク・ユチョンが演じました)は、原作ではドラマよりもずっと思考の柔軟なキャラクターです。「おれたち男が一番忘れがちなのが女の立場」だと反省する姿を見せるだけでなく、ユニが女だと知った後も、ドラマのように彼女が成均館で学ぶことを反対するようなそぶりは全く見せません。これは、「傲慢な原則主義者」という脚色が付けられてしまったドラマによって、原作のイ・ソンジュンのもつ大きな魅力が失われてしまったと言わざるをえません。

本書の帯には、「時代劇版“胸キュン”青春ストーリー」という文字が躍りますが、そこに込められているのは、軽妙でありながらも重みのある物語です。作者チョン・ウングォル氏は女性だと言われていますが、ユニに寄り添いながら物語を紡ぐ作家が私達に差し出すのは、女の生き様のたくましさと未来だと言えるでしょう。

失ったものを取り戻すこと――何を失い、何をどう取り戻すかは、十人十色であるはずです。当り前のことでありながら、忘れられることのないよう祈っています。

次回「十人十色のヒトを尊重し合う、それを忘れる怠慢を反省する」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから








カテゴリー:リレー・エッセイ

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