この1、2年、男性性(「男らしさ」)についてジェンダー視点から論じた著作が盛んに出版されているので、それらを簡単にご紹介してみたい。
太田啓子『これからの男の子たちへ:「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店 2020年、1600円+税)の著者は、弁護士であり、2人の息子の母親でもある。本書は、社会の中にジェンダーバイアスや性差別がある中で、それらに染まらない男の子の育て方について考えた著作である。日常のさまざまな問題について具体的に、専門家の議論を踏まえつつも自分の言葉で、読みやすい文章で論じている。
レイチェル・ギーザ(冨田直子訳)『ボーイズ:男の子はなぜ「男らしく」育つのか』(DU BOOKS 2019年、2800円+税)は、カナダの作家であり、息子の母親でもある著者が、太田氏と同様の問題意識から、男の子の育て方について述べた本である。本書も読みやすく書かれているが、太田氏の本よりも、ずっと多くの専門家の研究やデータを紹介している。この違いの原因は、日本語圏よりも英語圏のほうが男性性に関する研究が発展していることにあろう。また、同じ少年についても、白人と、黒人などの非白人との差異にも関心が注がれている。本書は、現在のスポーツのあり方が、しばしば否定的な男性性を形成していることも重視しており、特に「有毒体育会系」(キャスリーン・E・ミラー)を批判している。
チェ・スンボム(金みんじょん訳)『私は男でフェミニストです』(世界思想社 2020年、1700円+税)は、本全体として、女性が置かれた状況について、事実をもとに、その不当さをわかりやすく明らかにしており、それによって男性にも性差別の問題を理解してもらおうという著者の熱意が伝わってくる。また、本書の大きな特徴は、自分が男子高の先生であることを生かして、男の子に授業を通じて性差別について理解させる工夫をするなど、自らの実践について多く書かれている点である。

清田隆之『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス 2020年、1700円+税)は、清田氏がその前年に出版した『よかれと思ってやったのに:男たちの「失敗学」入門』(晶文社 2019年、1400円+税)の著者による近刊である。『よかれと思ってやったのに』では、清田氏は、多くの女性から聞いてきた「男に対する不満や疑問」をもとに、男たちに自分の内面を見つめることを呼びかけていたが、本書は、清田氏自身の内面から考察したことに重点が置かれている。たとえば清田氏は、男は他人に対しても、自分に対しても、「実績、役割や能力といったもの(=doing)」にばかり関心を向けて、「何を考え、何を感じ、どんなことを思いながら生きているのか(=being)」には関心を向けていないとか、男性は「自尊感情を自給自足することができていない」とか述べているが、たしかにそうした面があると思う。
尹雄大(ゆん・うんで)『さよなら、男社会』(亜紀書房 2020年、1400円+税)は、1970年の神戸市生まれのライターによる著作である。本書は、子ども時代からの経験をもとに、自らの男性性について丁寧に考察している。自らの男性性を反省的に分析している点は、清田氏の本と似ている。その分析は、粘り強いものであり、誠実さを感じさせる。ただし、やや抽象的な部分、難解な部分もあった。
武田砂鉄『マチズモを削り取れ』(集英社 2021年、1600円+税)は、社会における男性優位の構造を、さまざまな具体的問題を考察することによって明らかにしている。たとえば冒頭の「自由に歩かせない男」という節では、女性は昼間でも、混雑した街頭を歩くときには、男を避けながら歩いているという話を出発点にして、東武鉄道が、ベビーカーを利用する客のほうが「周りのお客様に配慮」するよう呼びかけていることや、英語には「ストリートウォーカー」(娼婦)のような女性の歩行を性的な文脈に置く語彙が多いことに話を広げ、この社会が男性を主体として作られていることを浮かび上がらせている。

西井開『「非モテ」からはじめる男性学』(集英社新書 2021年、840円+税)は、今回ご紹介する中で、もっとも研究書としての色彩が強い。その非常に大きな骨組みは、上野千鶴子氏が『女ぎらい:ニッポンのミソジニー』で述べた、ホモソーシャルの理論をもとにした「非モテ」論に近い。だが、本書の大きな特徴は、第一に、個々人の経験をもとにして男性集団における周縁化作用について実証的に明らかにしていることであり、第二に、「非モテ研」の活動によって自分たちに変化を作り出しているという点で、実践的でもあることだ。そこから、従来の研究にはない、さまざまな発見や問題提起をしている。
杉田俊介『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』(集英社新書 2021年、920円+税)は、男性問題の「入門書」ないしは手書きの「地図」として書かれたものであり、脱「男性特権」について考えている本である。そのために、多数の近年の男性学やフェミニズム、その周辺の文献を紹介している。『マッドマックス 怒りのデスロード』など、さまざまな映画も素材にして論じていることも特徴だ。ただ、杉田氏は「マジョリティ」と「多数派」をほぼ同義で使っているが、私は、大半の男性はマジョリティ性と同時に何らかのマイノリティ性(ここでは被抑圧性の意味)――たとえば、雇用労働者、非正規、障害、貧困、セクシュアリティなど――も持っていることに注目することも重要だと考える。なぜなら、それら(から)の解放と女性解放とは関連しているので、その関連のあり方を認識することは、脱「男性特権」のための力になると思うからだ。
ラファエル・リオジエ(伊達聖伸訳)『男性性の探求』(講談社 2021年、1700円+税)の著者は、フランスの男性哲学者で、宗教と世俗主義の専門家である。リオジエ氏は、#MeToo運動が男性自身にとって持つ哲学的意味を徹底的に追求している。具体的には、これまでの女性像を作り出してきた男性性を、古今東西の事例をもとに、さまざまな点から哲学的に批判している。著者の主張の核心は「女性の意思の承認」という、ある意味当然のことなのだが、さまざまな考察を積み重ねたうえでの主張なので、深みがある。

エマ・ブラウン(山岡希美訳)『男子という闇:少年をいかに性暴力から守るか』(明石書店 2021年、2700円)の著書は『ワシントン・ポスト』の調査報道記者であり、多くの取材と研究データにもとづいて、読みやすく書かれている。本書は、少年に対する性暴力(その加害者も少年が多いが、大人の男女も少なくない)の深刻な実態と、被害者が「男らしさ」に囚われているために被害を語りにくいことを明らかにしている。それだけでなく、原書名がTo Raise a Boyであることに示されているように、幅広く男性性が引き起こす加害と被害を論じたうえで、それを変革しようとするさまざまな民間の活動も多数紹介している。黒人の間の活動、男子校での活動にも、各1章が割かれている。
周司あきら『トランス男性によるトランスジェンダー男性学』(大月書店 2022年、2000円+税)は、トランス女性と比べても話題にならない(本書はその理由についても触れている)、トランス男性(FtM)の問題について、自らの経験と先人が記した著作をもとにして論じている。本書からは、トランス男性が置かれた状況の複雑さとその困難が理解できる。周司氏は、トランス男性とフェミニズムとの親和性を指摘しつつも、フェミニズムに関わり続けることの困難を述べ、トランス男性を男性として位置づけようとする。しかし、既存の男性学にはトランス男性は位置づけられていない。「トランス男性」といっても人によってさまざまだが、周司氏は、海外の文献も手がかりにして、「規範的な男らしさを体現するシスジェンダーの男性として認識されることを望んでいない」場合のトランス男性のあり方を探っている。

以上、今回ご紹介した本には、男性の女性に対する加害性や特権を重視したうえで、そのことと男性性が男性自身をも抑圧していることを結びつけて論じているものが多い。また、その観点から、多くの本が、男性と「ホモソーシャル」との関わりに注目している。そうした面で、学ぶところはきわめて大きい。
ただ、社会を変えるには、自分の意識や人間関係についての省察と変革に加えて、男性性や「ホモソーシャル」とそれらを支えるさまざまな社会構造との関連を考察したり、政策的・制度的要求やそれを実現するための運動に話をつなげる(または既成の運動と研究の中に男性性研究の視点を入れていく)アプローチも必要であると思う。また、そうしてこそ、たとえば「慰安婦」問題のような、国家を超えた、しかし現在切実に解決が求められているジェンダー問題とも十分につながるのではないか。
(日本女性学研究会ニューズレタ―『VOICE OF WOMEN』420号[2022年2月号]より、加筆・修正のうえ転載)
<追伸> 他に、直接若い男性に向けて書かれた本としては、田中俊之『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波ジュニア新書2019年、800円+税)、澁谷知美『平成オトコ塾:悩める男子のための全6章』(筑摩書房2009年、1400円+税。ただし版元品切れ)があり、どちらも良い本だと思います。また、澁谷知美さんは『日本の包茎:男の体の200年史』(筑摩選書2021年、1600円+税)も書いていらっしゃいますので、関心がある方はご参考になさってくださいませ (遠山日出也)。
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