エッセイ

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<女たちの韓流・44>「夫婦クリニック 愛と戦争2」~家族の実態に迫る~  山下英愛

2013.09.05 Thu

韓国はテレビ王国?

 今年の春、父のお供でソウルにある叔母の家を訪れた。韓国の民家に滞在するのは久しぶりだ。父の一番下の妹にあたる叔母は日本生まれ。3歳の時に解放を迎え、家族とともに慶尚南道の故郷に引き揚げた。戦前、私の父が3歳の時に家族とともに日本に渡って来たのとちょうど反対である(解放後、父も叔母とともに故郷に戻ったが、まもなく一人で日本に舞い戻った)。田舎育ちの叔母は高校卒業後、釜山に出て、ずいぶん苦労したらしい。夫は悪い人ではなかったが、叔母の苦労は絶えなかった。そんな夫も20年ほど前に亡くなり、女手一つで家族を養ってきた。何とか生きてゆくために、思い切って借金をして始めた商売が当たり、近年、一戸建てを買ったのだった。

イメージ 1

筆者撮影

 叔母の家に行って驚いたのは、家中、テレビだらけだったこと。私が韓国で暮らしていた頃(90年代)の一般的な家庭には、応接間か夫婦の寝室にテレビが一、二台あるという程度だった。ところが、叔母の家にはキッチンと台所以外のすべての部屋に大型のテレビがどかんと置かれていた(しかも、叔母と息子はそれぞれテレビを一晩中つけっ放しにして寝ていた!)。まさに「テレビ王国」である。韓国は「ドラマ王国」というけれど、その裏にこんな「テレビ王国」があったのだ。

 さて、今回はそんなわけで叔母の家に滞在中、嫌というほどテレビを見ることになった。「郷に入れば郷に従え」である。ただ、拙著『女たちの韓流』にも書いたように、いくらドラマ好きとはいえ、何話もあるドラマを途中から見るのは「楽しいドラマ視聴」のルールから外れてしまう。それで探したのが一話完結型のドラマ「夫婦クリニック 愛と戦争2」(KBS-2TV)である。さすがに「ドラマ王国」だけあって、この番組の再放送もすぐに見つけることができた。

 イメージ 2一話完結型ドラマ

このドラマの内容は、調停や裁判に至った離婚寸前の夫婦の事例がもとになっている。その点では、他のどんなドラマよりも、韓国の結婚、夫婦、家族にまつわる実態が反映されているといえるだろう。もともと「夫婦クリニック」という番組が始まったのは1999年にさかのぼる。ちょうど離婚が急増しはじめた頃である。毎週1回ずつ10年間続いたが、2009年に479回で終了した。その後、2011年に「愛と戦争2」として復活したのである。

 イメージ 3前のシリーズでは調停の場面があり、俳優たちが調停委員を演じた。チョン・エリが扮する女性学研究者の委員もいたが、彼女の意見はフェミニズムの視点に徹しているとは言いがたく、いつも期待外れだった。ところが、一新された「愛と戦争2」は、いろんな意味で見応えがある。調停の場面はドラマに登場せず、最後に調停委員長が出てきて、その事例の問題点を要約し、結論を述べるという形式になっていた。では一体どんな内容なのか、以下に要約してみよう。私が見たのは第64話「トンソが行く!」である(トンソ[同壻]とは、婚家の嫁同士を指す言葉で、兄嫁が弟の嫁を呼ぶときにも使う)。

嫁たちの連帯

  イメージ 4主人公のジンスクは、サラリーマンの男性と結婚した30代はじめの専業主婦である。ジンスクの実家は貧しかったため、身一つで“嫁”にきた。夫の安月給をコツコツためてマイホームを手に入れようと、婚家で暮らしている。だが、姑は無一文で嫁いできたジンスクをバカにし、家政婦のようにこき使った。家族と一緒に食卓に座ることも許さず、食事もゆっくりとらせない。その上、しょっちゅう実家にやってきて母親に甘える小姑まで、姑と同じようにジンスクをないがしろにした。小姑はジンスクの化粧品なども勝手に持って行ってしまう。そのことに抗議すると、それを見ていた姑から「なまいきだ」と叩かれる始末。婚家の家族に対する不満を夫に訴えても、「お前ががまんするしかない」と取り合ってくれない。夫は妹に頼まれると、妻に内緒でローンを組むなど、常に実家を最優先にした。

 そんなある日、夫の兄が婚約することになった。お相手は大会社の副社長の娘で、美容整形外科医のソンギョンという女性である。医者で稼ぎもあるソンギョンは何事にも臆することがなく、人柄も良い。ジンスクに対しても同じ嫁の立場だからと気をつかってくれた。ジンスクはそんなソンギョンの思いやりが嬉しい反面、もしソンギョンが婚家の嫁になったら、姑から比較され、自分は一層こき使われるのではないかと心配した。また、ソンギョンもこの家の嫁になれば自分のように苦労するのではないかと思った。それでジンスクは、ソンギョンのためを思って婚家の嫁いびりの実態を伝え、結婚を考え直した方がよいと忠告した。しかし、ソンギョンは彼女の前では善人ぶる姑と小姑にすっかり騙され、ついに結婚する。

 だが、ソンギョンはジンスクのように、ただ黙って姑の言いなりになるような“嫁”ではなかった。ソンギョンが結婚して初めて迎えたある祭日。それまでの慣わしなら、料理も掃除も嫁が一人で担い、婚家の家族は遊ぶところだ。だが、ソンギョンは家族全員に労働を振り分け、家事労働を分担させた。小姑が不満を言うと、「それならあなたも自分の婚家に行きなさい」と言って譲らない。嫁には家族と一緒に食事をさせないという婚家の習慣に対しても、夕食用に買っておいた焼肉を嫁二人で堂々と先に食べるという戦法をとった。ジンスクにも自信をもたせようと働き口を世話して、自尊心を育てるようにした。ジンスクにとってはこの上なく頼もしい兄嫁だった。

 イメージ 5ところが、姑と小姑はそんなソンギョンを放ってはおかない。ソンギョンが金持ちの娘だからと遠慮していた姑は、態度を改めて強硬な姿勢をとりはじめた。それまでジンスクに対して振る舞ってきたように、嫁をこきつかおうとしたのである。ソンギョンはその度にはっきりと自己主張して切り抜けた。だが、姑が娘の夫の就職先をソンギョンの父親に頼むよう圧力をかけたことがきっかけで、ついに離婚を決意する。そして、この間ソンギョンのおかげで自尊心を養い、婚家の不当な扱いから少しずつ解放されてきたジンスクも、ソンギョンがいないと生きていけない、とばかりに離婚を宣言してドラマは終わる。

「離婚をお勧めします」

 私は婚家の不当な扱いに屈しないソンギョンの態度に、思わず拍手を送った。また、最後に登場した調停委員長は、「こんなケースは離婚をお勧めします」とあっさり言ってのけた。「嫁たちは夫や夫の家族に慰謝料も請求できる」と付け加えることも忘れない。また、ジンスクのように婚家での虐待に黙々と耐えたり、誰かが救ってくれるのを待つのではなく、自ら改善のために努力したほうがよいこと、夫も実家の家族よりも妻に協力するべきであることなどを簡潔にコメントしていた。

 以前ならば、調停委員長がこんなにはっきりとものをいうことはなかったように思う。おまけに、調停委員長役を俳優のカン・ソグが演じているのも面白い。カン・ソグはドラマ「アジュンマ」(本欄40)で、ダメ夫を演じて一躍有名になった俳優である。そのイメージが重なって、「あのダメ夫が改心してここまで成長したか」と思わせるのだ。

 ところで、韓国では2008年6月、民法に離婚熟慮制度が導入された。それにより、未成年者の子どもがいる夫婦が協議離婚をするには3か月の熟慮期間を置かなければならなくなった(但し、子どもがいなければ1か月)。カッとなった勢いで離婚し、後で悔やむというケースを無くすためだそうだが、熟慮期間を設けたからといって離婚が減ったわけではないらしい。今も多くの女性団体がこの制度に反対している。ちなみに私は、この64話が面白かったので、日本に戻ってから時々この番組を見るようになった。日本ではKNTVが字幕入りで放送している。

写真出典

http://www.newsen.com/news_view.php?uid=201305221519220910

http://news.donga.com/3/all/20040830/8101040/1

http://www.newsen.com/news_view.php?uid=201303222351061710

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=7208120&logNo=60187914367

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛