エッセイ

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<女たちの韓流・49>北朝鮮のドラマ~仕事と家事の間で悩む女性たち  山下英愛

2014.02.05 Wed

 朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)といえば、昨年の血なまぐさい粛清事件を思い出すかもしれない。それも北朝鮮の一面に違いない。だが、それだけで北の社会が代表されるわけではないだろう。あの地に暮らす人々はおよそ2400万人。女性も1千万人以上暮らしている。ならば彼女たちの社会的地位や家庭内役割はどうなっているのだろう?韓国や日本と比較してみると?と次々に疑問がわいてくる。それで今回は、北朝鮮のドラマについて書いてみたい。

 イメージ 1実は二年ほど前、韓国のテレビ番組(「統一展望台」MBC)で北朝鮮映画をたまたま見かけた。それがきっかけで、私はにわかに北朝鮮のドラマに関心をもつようになったのだ。その番組では、「幸せの車輪」(2010・写真)という映画を紹介していた。短い映像だったけれども、働く女性が家事育児との両立をめぐって葛藤する姿や、職場と家庭での日常的な生活の様子を垣間見ることができた。韓国や日本でも似たようなことがありそうなので、親しみを感じたのだ。

ピョンヤンへ

 その映像を目にして以来、北朝鮮でどのようなドラマが放映されているのか、いつか調べてみようと思うようになった。ここ数年、私は韓国ドラマに描かれる人々、とりわけ女性たちの姿を通して韓国の文化や社会を語ってきた。それが何らかの形で日韓友好にもつながってほしいという願いが一方にあるからだ。ならば、同じ朝鮮半島の北側についても、ドラマや映画を通して理解を深めることができるのではないか。北朝鮮といえば、拉致問題かミサイル、軍事パレードのような政治的な問題ばかりが報じられる今の日本では、なおさら重要かもしれない。

 イメージ 2そんなことを考えていた矢先に、ピョンヤン行きの旅行に誘われ、迷わず参加することにした(2013.5写真)。私にとって初めての訪朝であり、あらゆるものが関心のまとだった。向うへ行ったらとにかくホテルの部屋でテレビを見たり、ドラマに関する情報を得てみようと思った。だが、短い旅程の団体旅行だったため、ホテルに戻るのはたいていテレビ放送が終了した後。私が部屋で目にすることができたのは、ニュースや戦争映画の一部に過ぎなかった。

 それでも、ホテルや訪問先の土産もの売り場には、思いのほか多くの映画や歌のDVDが並んでいた。その中から、女性を主人公にしたもの、ホームドラマ風のもの、時代劇、子ども用アニメなどを買い求めた。また、案内員や受け入れ団体の人を通して、わずかながらドラマに関する話を聞くこともできた。それによれば、ドラマの人気は高く、「わが家の問題」というシリーズが面白いと熱弁をふるう人もいた。職場でその連続劇を見ながら残業して、仕事が手につかなかったそうである。

 イメージ 3北ではドラマのことをテレビジョン劇や連続劇などと呼ぶそうだ。ドラマは主に、国営放送の朝鮮中央テレビやテレビジョン劇創作社、朝鮮芸術映画撮影所などがつくっている。1990年代に金正日総書記が、面白い“テレビ映画”をたくさん作るよう指示したため、それ以後、多くのドラマが作られるようになったという。ドラマは1話から2~3話、長くても10話以内のものがほとんどで、韓国のものに比べるとはるかに短い。

 日本に帰ってきてからいろいろ調べてみると、今はインターネットで手軽に北朝鮮の映画やドラマを視聴できることがわかった。その情報量はここ1、2年の間に爆発的に増えている。北朝鮮の映画や音楽を専門的に配信しているサイトがあるし、ユーチューブにも次々とアップされている。また、朝鮮中央テレビの放送は、昨年(2013)3月からオンエアーで誰もが見れるようになった。

映画「幸せの車輪」

 さっそく私も、韓国の番組で紹介されていた映画「幸せの車輪」をネットで探し、見ることにした。その内容を少しばかり紹介しておこう。

 イメージ 5映画は、主人公の女性が7年ぶりに職場に復帰する場面から始まる。主人公の名前はジヒャン。職業は建築設計士である。彼女は学生時代から最優等賞をもらうほど優秀で、かつては職場でも有能な働き手だった。だが、結婚して二人の子どもの母親となり、仕事と家事に追われるようになる。夫は幹部に昇進し、運転手つきの車で出退勤をする身分である。夫が出張することになっていたある日、ジヒャンは仕事に夢中でそのことをすっかり忘れ、帰りが遅くなってしまった。夫は子どもを託児所から連れて帰って隣家に預け、大慌てで出かけた。そのせいで大事な証明書を置き忘れ、予定していた列車に乗り遅れてしまう。

 イメージ 6そんなことがあって、ジヒャンは仕事を辞めて専業主婦になった。幹部として重要な仕事を担う夫を助け、子どもたちの良き母親になろうと思ったのだ。ジヒャンは専業主婦らしくエプロンをかけ、いそいそと家事育児に専念する日々を送る。やがて子育ての大変な時期が過ぎ、まわりの働く女性たちの生き生きした姿がうらやましくなって、再び働くことにした。

 イメージ 7ところが、久しぶりに戻った職場はずいぶん様変わりしていた。室長のソンチョ(写真)はジヒャンのかつての部下。しかもジヒャンは、結婚して間もなかったソンチョに、勤務態度が悪いと批判したことまであったので、気まずさを感じた。また、今では全員がコンピューターで設計図を描いている。コンピューターを操作できないジヒャンは、気が焦るばかり。復帰早々、ソンチョから任された設計図は、一生懸命に描いたにもかかわらず不備があった。それをソンチョが手直ししたことを後から知って、ジヒャンの自尊心はますます傷ついてしまう。

 イメージ 8ジヒャンは、ついに設計の仕事から手を引いて、資料室の担当を願い出た。そこでうつうつとした日々を送るのだが、設計室の同僚たちはそんなジヒャンを熱心に励ます。特に室長のソンチョは、ジヒャンが再起することを心から願い、ある絵が描かれた紙を渡すのだった。

この映画のメッセージ

 この映画は、有能でプライドの高い女性が、仕事や人間関係で葛藤しながら自分の過ちを認めて乗り越えてゆく、という一種の成長物語である。もちろん北朝鮮ではあらゆる映像作品が大衆教育用の意味をもつ。この映画の中では「先軍時代の本当の女性の幸せ」とはこうあるべきだ、とのメッセージが込められている。

 私が特に興味深かったのは、ジヒャンが専業主婦として過ごした七年間を、「脱線した歳月」と言って振り返る場面である。ジヒャンは、気落ちした自分を慰めてくれる夫に向かって次のようなことを言う。「私が仕事を辞めたのは、夫や子どもの面倒を見ることが自分の役割であり、女性の幸せであると思ったからだ。しかし、それは間違いだった。女性の本当の幸せとは、温かい家庭だけにあるのではなく、社会と集団のために働くとき、はじめてもたらされるものなのだ」と。

 それならば、女性だけが仕事と家事を担わなければならないのかというと、そうでもない。ここで夫も、「家事育児を女性の仕事だと思ったことがもっと大きな過ちだった」といって反省するのである。そして、ジヒャンが職場で徹夜しながら働くとき、夫が率先して家事育児を担い、ジヒャンの成功を助ける姿が描かれる。つまり、働く女性を支えるためには、夫による家事労働の分担が欠かせない、というメッセージなのだ。また、今日の北朝鮮には、とりわけ富裕層の中に、ジヒャンのように専業主婦になろうとする女性たちがいるのだろうと想像することもできる。

 北朝鮮には1946年7月30日に制定された男女平等権法があって、映画の中でもその日を祝う様子が出てくる。しかし、現実には家事労働を女性の役割であるとする考え方が依然として根強い。この映画を紹介した韓国のテレビ番組では、ゲストの脱北者の男性が「北では男が台所に立つだけでもバカ扱いされた」と語っていた。だが、この映画にはそれを変えたいという北朝鮮の女性たちの思いがこめられているのではないだろうか。ちなみに、脚本を書いたのは女性である。

ドラマ「わが隣人たち」

 イメージ 9昨年2月に朝鮮中央テレビで放映されたドラマ「わが隣人たち」(全2話)でも、家事労働の役割分担をめぐる夫婦の葛藤が描かれていた。このドラマの主人公はピョンヤンの高層アパートでエレベーターの運転工として働く既婚女性である。二人の子どもがいる主人公夫婦は、ある日ケンカがもとで別居してしまう。そのことをわがことのように心配して介入する隣人たちのおかげで、その家族が別居を解消して再び結ばれるというストーリーである。

 イメージ 10運転工として働く女性は、単にエレベーターを運転するだけでなく、そのアパートに暮らす住民たちのために一生懸命働いている。水道が止まればバケツに水をくんで運び、ガスボンベが到着するとそれを各戸に配る働き者だ。夜遅くまで帰宅しない住人がいれば、その人のために帰らずに待ったりもする。運転工がいなければエレベーターを動かすことができないので、疲れた体で階段を上るのは大変だろうと思うからだ。そのため、家の食事の支度をしばしば夫に頼んだ。ところが夫は、台所仕事を自分に押しつける妻が気に食わず、息子を連れて家を出てしまう。この夫もやはり、家事労働は妻の仕事だと思っていたのである。

 このドラマはピョンヤンの高層アパートに住むめぐまれた人たちを描いているせいか、住民たちの服装があか抜けている。主人公の小学生の息子は太っていて、食糧事情の悪さを感じさせない。ピョンヤンの一部特権層と地方の庶民との貧富の格差がますます開いているのだろうか、とも思わせる。

 ドラマの終盤、銀河三号のロケット発射が成功したとのテレビニュースを見て、別居中の夫婦と隣人たちが思わず手をとりあって喜び、踊り出す場面があった。新年を祝う華やかな打ち上げ花火とともに、それはまるでこの家族の再出発を祝う祭りのように演出される。このロケット発射をめぐってピリピリと神経をとがらせていた周辺国とのギャップに、思わず笑いがこみあげてしまった。案外これが、北朝鮮の庶民感覚だったのかもしれない、と思いながら。

(岩波書店『図書』2013年12月号に掲載したエッセイを加筆・修正しました。)

写真出典

http://unibook.unikorea.go.kr/?cate=1&sub_num=62&pageNo=47&recom=99&ord=0&state=view&idx=494

http://www.jajuminbo.net/sub_read.html?uid=6627&section=sc17&section2=

https://www.youtube.com/all_comments?v=E_sluOiKek0

http://news.kbs.co.kr/news/NewsView.do?SEARCH_NEWS_CODE=2701504&ref=H

映像

「幸せの車輪」動画 https://www.youtube.com/watch?v=lQDVnmXGUfo

「わが隣人たち」動画 https://www.youtube.com/watch?v=7cKUqQRqOHo

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛 / 兼業主婦