2012.03.02 Fri
来る3月10日に開催されるシンポジウム「「慰安婦」問題の解決に向けて」まで、あと1週間となりました。そこで、開催前に岡野の報告概要をお伝えします。当日参加できない方にも、内容が少しは伺えるよう、当日配布のレジュメに加え、報告の意図などもお伝えいたします。
多くの方の参加をお待ちしております。
報告趣旨
国家暴力に対する被害者の尊厳をいかに回復するのか、といった修復的正義の観点から正義を捉え返すことで、道義的責任はあるが、法的責任はないと考える日本政府の立場を共有していた「国民基金」のとった、「償い」のあり方を批判し、今現在のわたしたしたちが、なすべきことは、やはり、政府に対して、法的・政治的責任をとることを求め続けていくことだと主張する
報告内容
1)正義の本質=あらゆる個人の尊厳が尊重されている社会であることを、客観的事実として示すこと。
2)伝統的な応報的正義(=刑事罰のあり方)とは異なる道筋で、修復的正義は、正義を実現しようとする。
3)修復的正義に学ぶことで、「和解」とは、応報的正義が想定していたような、加害者の処罰や一度きりの賠償によって実現するものではなく、むしろ、被害者が、過去の真実を理解し、彼女たちが生きる世界もまた、被害と加害の事実を承認し、かつ、未来において、被害者がその生をよりよいものとして構想し得る条件を整えること。
4)修復的正義は、未来においてもなお、彼女たちの願いを実現することをわたしたちに要請している。
報告レジュメ
戦争終結から半世紀以上たってもこうした請求の問題が解決できていないことは、女性の生命がいまだにいかに過小評価されているかを示す証拠である。悲しいことに、第二次大戦中に犯された大規模な性的犯罪に対処できていないために、似たような犯罪が処罰のないまま今日まで重ねられてきた。日本政府は、第二次大戦中に「慰安所」で残虐行為を受けた二〇万人以上の女性や少女たちへの強かんと奴隷化について謝罪し、償うために、一定程度の措置はとってきた。しかし、日本政府が法的責任とそのような責任から生じるさまざまな結果を全面的にそして無条件に受け入れないかぎり、どんな対応もまったく不十分である。今や日本政府には、十分な救済のために不可欠な決定的措置をとる責任がある。[マクドゥーガル 2000]。
性奴隷制を含む戦時性暴力の被害女性や生存者に正義を回復することは、地球市民社会を構成する一人一人の道義的責任であり、国際的な女性運動にとって共通の課題であることを心に留め、/ すべての被害女性に正義、人権、尊厳を回復し、戦時および武力紛争下の女性に対する暴力の不処罰の循環を断ち切ること、それによってこうした犯罪の再発を防ぐことに寄与しようと決意し[…][「女性国際戦犯法廷」憲章全文 2001: 288]。
はじめに:「国民基金」の現在
1] 「慰安婦」問題がつきつけた「正義」への挑戦
・正義の定義をめぐって
・リーガリスティクな正義の限界(国民国家中心主義と時効)
・正義に賭けられているもの(誰もが尊厳を当然の権利として尊重される世界の構想)
・正義と和解
「理解することは、生きることのすぐれて人間的なあり方である。人間は誰もが世界――彼がそこに余所者として生まれ、他と異なるその唯一性を失わないかぎりいつも余所者にとどまりつづける――と和解する必要があるからである。理解は誕生とともに始まり、死とともに終わる。全体主義的な統治が私たちの世界の中心的な出来事であればこそ、全体主義を理解することは何かを赦すことではなく、そもそも全体主義を可能にした世界と私たちが和解することを意味する」[アーレント 2002: 123]。
2] 修復的正義と和解
「和解なしに回復できる可能性はなく、正義なしに和解できる可能性はなく、何らかの形での被害弁償なしに正義をもたらすことができる可能性はない」(南ア、ベイヤーズ・ナウデの言葉)[セルデン 2001: 127]
・修復的正義reparative, restorable justiceとは?
「償いreparationsとは、物質的な補償や損害賠償からのみ成り立っているわけではないことは、一般的に認められている。損害や危害への補償は、犯罪があったことに疑問の余地がないときでさえ、不公平な不利益を避けるためになされることがある。ある不正が起こり、それについて弁済されるべきだと考えられている時でさえ、正義の要請に応えるためではなく、慈善や寛大さから補償がなされることがある。不正に対し、あるいは不正の償いに対し責任のある者が、正義に対する義務からでなく、慈善心から補償を行うなら、それは償いの行為ではない。もっと悪いことに、それは侮辱と見なされるだろう。というのも、その行為は、提示されたものがじっさいに、しかるべき当然のことdueであり、補償する義務があるということを拒否しているからである」[Walker 2010: 17-18]。
・修復的正義の実現のために [国連総会決議 A/RES/60/147, 2006年3月21日より]
=修復的正義とは、正義を実現するために被害者の尊厳回復を核とする
∴回復の在り方=「物質的な補償」「法的・医学的・社会サーヴィスを通じたリハビリ」
「制度改革を通じた再発防止」
∴被害者の満足=「真実を伝える」「謝罪」「被害者を記憶するための施設」「教育」「人権教育」
=過去の真実、未来への約束(一度きりの賠償は、未来を裏切る)
参考文献
アーレント、ハンナ 2002 「理解と政治(理解することの難しさ)」『アーレント政治思想集成』(みすず書房)。
「女性国際戦犯法廷」憲章全文 2001(VAWW-NETジャパン(編)2001所収)。
マクドゥーガル 2000 『戦時・性暴力をどう裁くか――国連マクドゥーガル報告全訳』(凱風社)。
岡野八代「〈和解〉の政治哲学――大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか』をよむ」『インパクション』179号。
—– 2011 「「慰安婦」問題と日本の民主化」『言語文化研究』23巻2号。
—–2012 『フェミニズムの政治学――ケアの倫理をグローバル社会へ』(みすず書房)。
セルデン、マーク 2001「アジアにおける戦争と賠償と和解について」(VAWW-NETジャパン(編)2001所収)。
UN 2006 “Basic Principles and Guidelines on the Right to a Remedy and Reparation for Victims of Gross Violations of International Human Rights Law and Serious Violations of International Humanitarian Law” [A/RES/60/147, 21 March 2006]
VAWW-NETジャパン(編)2001 『裁かれた戦時性暴力』(白澤社)。
Walker, Margaret U. 2010 What is Reparative Justice? (Milwaukee: Marquette University Press).