「キャンセル・カルチャー」という言葉が、最近オンラインで目につくようになってきた。一言でいえば「地位のある人物に何らかの欠点が見つかった場合、その地位を剥奪するほどまでに糾弾する」というような動きのことだ。
 イギリス女性史と現代社会をテーマとする本書は、この「キャンセル・カルチャー」を念頭に執筆されている。序章にはこうある。

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フェミニズムの歴史を考えるとき、運動の先駆者たちが大きな過ちを犯しているからといって、そうした引っかかる点をその人物からそぎ落としたり、すっかりなかったことにしたりしてはいけない
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 多くの人は不完全だ。それは本書で取り上げられる、功績のある女性たちも例外ではない。どの人物にも欠点があり、そこがしっかり描かれる。著者にとって、そして読者である私たちにとって、これは大切なことである。なにか事を起こすにあたって、完全である必要は必ずしもない。完全な人物の話でなければ聞く必要はない、とはならない。

 著者のヘレン・ルイスは、イギリス気鋭のジャーナリスト。現代のフェミニズムの流れ、とくにオンラインでの動向を熟知している。白人のフェミニストという立場から、オンラインでの苛烈な中傷合戦、インターセクショナリティをめぐるフェミニスト同士の対立、はたまた性的少数者や少数派の立場に置かれた男性に至るまでへの目配せを備えた、実地での体験を多分に反映した文章を綴る。そこからわかるのは「臭いものにフタ」ではなく、いい点も悪い点もあわせて複雑な現実のありようを見つめることの価値だ。
 
 本書で語られる歴史は、欠落が必ずある「不完全」な歴史だという自覚が著者自身にある。それでもこうした「不完全」な歴史から、私たち読者が学びとれることは少なくないだろう。これからの「むずかしい女性」(男性も!)たちに、ぜひ手に取って読んでいただきたい。

◆目次
序章 語られてこなかった歴史
第一章 離婚
第二章 参政権
第三章 セックス
第四章 スポーツ
第五章 仕事
第六章 安全
第七章 恋愛
第八章 教育
第九章 時間
第十章 中絶
第十一章 むずかしい女性でいる権利
エピローグ むずかしい女性のためのマニフェスト

◆書誌データ
書名 :むずかしい女性が変えてきた――あたらしいフェミニズム史
著者 :ヘレン・ルイス
訳者 :田中恵理香
頁数 :432頁
判型 :四六判
刊行日:2022/5/16
出版社:みすず書房
定価 :4400円(税込)

むずかしい女性が変えてきた――あたらしいフェミニズム史

著者:ヘレン・ルイス

みすず書房( 2022/05/18 )