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シルクロードを西へ タキコ

2011.08.05 Fri

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突然だが、このほど10日以上の休暇をとってシルクロードを旅してきた。

まずはひとり、

北京から敦煌へ、週に3便しかない(!)飛行機のうちのひとつで降り立ち、

敦煌で、別ルートを旅してきた女友達と落ち合う。

敦煌からは中国を西へ西へ、夜行列車で砂漠をひた走る。

第二外国語で一年やった程度の中国語とデイバッグ二つ背負って、中国の一番西の端の都市、カシュガルまで。

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敦煌で「鳴砂山月牙泉」という風光明媚なところを訪れた。

要するに巨大砂丘である。ふつうこのあたりでは、砂漠と言ってもごつごつとした荒原に紅柳という植物が点々と茂る風景が続くもので、砂漠といって真っ先に思い浮かべる、サラサラの砂の山はここ鳴砂山くらいしかない。

砂の粒子が描く曲線や直線は数学的に美しく、数式を見ただけで逃げ出したくなる私にも「完璧な美しい数式というのはきっとこういうものに違いない」、と感じさせるほどのものであった。女友達から、「フェルマーの最終定理」やら、「シュレーディンガーの猫」やらの話を聞きながら砂漠を歩いた。

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その日の夜行列車で私は『博士の愛した数式』を読んだ。

たまたま友達に貰って、旅立つ朝に無造作に引っ掴んで荷物に加えた本である。映画化もされているから知っている人の方が多いかもしれない。記憶が80分しかもたない数学者と、数学者のもとに派遣された家政婦とその息子のものがたり。

この本のすばらしさは既に多くの人が語っているだろうが、私はこの日にこの本を開けたことに感謝した。数学者が慈しみ愛した世界を、私はこの目で見てきたように思えたからである。砂の粒子は数字となって降り積もり、風に吹かれて形を変え、月の光と戯れた。

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敦煌は甘粛省というところにあるが、それ以西は新疆ウイグル自治区に入って行く。

聞き覚えのある方も多いかもしれない、2009年、チベットと相俟ってウイグルでも独立の狼煙が上がり、多数の犠牲者を出してそれは「収束」した。そのせいか、公安と軍の姿は視界の中に必ず入るというほど見かけた。

人々の顔つきは中東のそれになり、文字や言葉は「ウイグル語」という、見た目はアラビア語、響きはロシア語に近いものとなる。ほとんどがムスリムで、街にはモスクがあり、肉といえば羊か鶏である。いやというほど羊肉を食べた。

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中国を西へ西へと走る中で、私たちが主に見てきたのが「千佛洞」である。

岩肌を掘り、内部に壁画を施し塑像を安置して礼拝所とした、仏教遺跡だ。

中には千年以上前のものもあり、風化したり、海外の探検隊に壁画を剥がされたり、盗掘されたり、異教徒に顔を潰されたりしていて保存状態のよくないものが多いが、何百年も昔の姿をとどめているものもあり驚かされる。

西に行くほどに壁画の人物は彫りが深くなり、構図や図案そのものがキリスト教を連想させるものになってゆく。さすが、シルクロード—東西文化の交流路。歴史とか、文化という言葉では表しきれないとてつもないものを辿り、目にしていることにめまいがした。

…実際、気温40℃の炎天下で熱中症を起こしていたけれど。

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そのようなこともあり、新疆では、タイムスリップしたような、異世界に来たような気分がしていた。

なので、自分達が日本から来た、と告げると、「地震(東日本大震災)は大丈夫か」「あなたの家は大丈夫か」と、親身になって心配されることに驚いた。

「東北は大変だけど、頑張っている。東北以外はまあ、大丈夫ですよ」と答える。中国でも四川の大地震などがあり、大っぴらには言えないが、復興資金がどこに流れたのか分からず、まだまだ大変とのことであった。

また、千佛洞の日本語ガイドに「日本にもぜひ来てくださいね」と言うと、「行きたいけど、今はちょっと、あれでしょう…」と、言いにくそうに放射線の心配をされることもあった。

とはいえ、新疆では、そう遠くない過去に繰り返し核実験が行われている。

20年ほど前までは、干上がると塩が浮き出す川「塩水溝」からとった塩を食べていたが、「喉の病気」が出たので、今は食べていないのだとガイドが教えてくれた。高濃度の放射線による甲状腺への影響が頭を過る。

今でもきっと、日本よりここの方が…と思ったが言わなかった。

* * *

タクラマカン砂漠の、砂が舞う。

新疆の人々は砂とともに日々の暮らしを続けている。

西へ行くほどに人々の顔つきが、宗教が、気候が、町並みが、食べ物が変わり、

千佛洞の壁に塗り込められた歴史を目にして、ずいぶんと「遠く」へ来た、と思っていた。

けれどシルクロードが繋がっていたように、新疆の砂は黄砂という名でやすやすと海を越え

次の春には私の元に届くだろう。

歴史もくらしも、繋がっている。今を生きる、新疆の人々と。

悲観するほどのことはないのだ。

———————————–

この原稿を書き上げた後、7月30日、31日に、カシュガルで(地元政府の発表によると)「テロ」事件が起きました。

本件で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

次回「旅のお供本」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから








カテゴリー:リレー・エッセイ

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