65歳の時、都市計画の波に押されて、生まれ育った東京から博多湾に浮かぶ小さな島に移住しました。初めての田舎暮らしです。土を耕し、少しの野菜を作り、本を読み、手仕事などして、半農半Xの悠々自適な暮らしをしようと思いました。それまで本気で野菜を作ったことがなかったから、一応引っ越す前に野菜塾に通って勉強もしました。準備万端整えて臨んだつもりでした。容易くできると思っていました。でも甘かった。
 待っていたのはまず土との戦いでした。その昔田んぼだったという畑土は鍬を跳ね返します。掘ると石がゴロゴロ出てきます。野菜作りって、こんなにも力がいることでしたか。趣味の園芸のつもりだったのに、まるで道普請です。何とか畑の形にして種を撒きます。芽が出て嬉しがっていたらお次は虫です。葉っぱはみるみる穴だらけ。薬をかけたくないから手で潰します。テレビで見た先輩移住者たちは見事な野菜を作って直販所に並べていたなあ。でも初めは苦労したのかも。石の上にも三年です。この言葉を呪文のように唱えながら三年。進歩なし。次に、十年やり続けてようやっと一人前という言葉を見つけて標語にしました。その有効期限も迫っているのに、未だ悪戦苦闘。大根一本満足に作れません。
 島には店がありません。コンビニもウーパーイーツも洗濯屋もありません。誰かが代わりにやってくれるサービスという商品が存在しないのです。基本的には自分のことは自分でやる暮らしです。ただ、フェリーに乗って10分いけば大きな街です。スーパーがあります。いろいろな種類のピカピカの野菜を売っています。頑張って自分で作らなくても野菜はいくらでも手に入ります。街の便利と島の自然と、いいとこ取りのスマートな暮らし方。自由な時間が持てます。くたくたにくたびれることもない暮らしができます。それでも足が畑に向かうのは、畑が楽しい所だからです。
 畑は清々しく気持ちの良い場所です。労多くして実り少々でも、植物が育つ姿は見る度に驚きと不思議があって楽しい。そしてそれがめでたく食べられる物に育った時の嬉しさ。太陽と大地と雨と風と、全ての自然に感謝です。
 そんな気持ちを誰かに伝えたかった。人は美味しい物の話だと耳を傾けてくれるかも。料理と作り方も添えました。

【春】
●春の畑の菜の花パスタ
●羊のカレー
●パクチー餃子
【夏】
●潮風トマトの卵炒め
●畑のピクルス
●出汁
【秋】
●りんごのジュレ
●柚子こしょう
●ボルシチ、ビーツサラダ
【冬】
●白菜キムチ
●コンビーフとコーンタン
●天然酵母パン

◆書誌データ
書名 :檀流スローライフ・クッキング
著者 :檀 晴子
頁数 :A5判/208ページ
刊行日:2022/6/24
出版社:集英社
定価 :1,870円(税込)
ISBN:978-4-08-790066-8

檀流スローライフ・クッキング

著者:檀 晴子

集英社( 2022/06/24 )