
加納実紀代さんの「最新作」
『越えられなかった海峡―女性飛行士・朴敬元の生涯』(1994年、時事通信社)は、加納実紀代さん(1940~2019年、WANミニコミ図書館メンバー)が手がけた唯一の評伝小説でした。「皇軍慰問」のため満洲国に向けて飛びたった直後に墜死した女性パイロットの苛烈な人生を、綿密な調査と大胆な想像で描き出した力作です。本書はその改訂版です。
初版を出した後も、加納さんは、朴敬元への関心を手放しませんでした。敬和学園大学の研究会仲間たちと、埼玉の高麗神社で朴の足跡を探索したり、映画『青燕』(2005年)が親日派問題で攻撃される様子に心を痛めたり…。研究会の隅っこにいた私が加納さんに頼まれて、川崎のご自宅の地下書庫から腕一杯の朴敬元関連資料を運び上げたのは、亡くなる前の年、2018年のことでした。体調の思わしくない中、加納さんは改訂版の実現に向けて動き出していたのです。しかし、「大量の付箋を貼り、書き込みをした一冊」だけがどうしても見つかりませんでした。「おかしいなあ」と、酸素吸入器のそばでしょんぼりしていた加納さんの姿を思い出します。
加納さんが逝きし後に、数か所に分散していた膨大な蔵書の行く末が問題となりました。詳細は省きますが、上野千鶴子さん平井和子さんらミニコミ図書館メンバーが奔走し、最終的に、広島女性学研究所の高雄きくえさんたちが創設した「加納実紀代資料館 サゴリ」に収まることになりました。
その、「大量の付箋を貼り、書き込みをした一冊」が見つかったのは、蔵書の整理作業中のことでした(ここにも多くのボランティアたちの尽力がありました)。発見者はインパクト出版会の深田卓さん。加納さんの重要なお仕事を、二人三脚で手掛けてきた編集者です。この改訂版は、それを訂正原本とし、さらに遺品の中にあった講演資料を援用して、深田さんによって整えられた、加納さんの「最新作」です。
奇しくも、2023年は朴敬元の没後90年にあたります。著者、編集者、そして大勢の仲間たちによるコラボレーションの成果が、多くの方に届きますように。
ところで、加納さんの死後、新たな朴敬元論が相次いで登場しました。例えば、金智媛さんの博論(一橋大学、2020年)や、伊藤春奈さんの『群像』の論考(2022年8月号)など。もう少しだけ加納さんに時間が与えられていたら、若い書き手たちの出現をどんなに喜ばれたことか…。これら令和の朴敬元論も、是非、本書と合わせてお読みください。
◆書誌情報
書名:越えられなかった海峡
著者名:加納実紀代
出版社:インパクト出版会 (2023/6/25)
発売日:2023/6/25
単行本:326ページ
ISBN-10:4755403340
ISBN-13:978-4755403347
定価:3300円(税込)
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