第4シリーズ第9回は、アゼルバイジャン出身、フランギス・アリ-ザディ(Franghiz Ali–Zadeh )をお送りします。1947年、カスピ海に面した首都バクーに生まれ、後年はトルコでの生活を経て、現在はドイツのベルリンとアゼルバイジャンを拠点に活動しています。生まれた時代のアゼルバイジャンは、ソビエト連邦下の社会主義共和国でした。
フランギスの家族に音楽家はおらず、父親が趣味でリュート楽器の演奏を好んでいました。音楽に興味を示す娘に、両親は5歳でピアノを与え、先生についてレッスンを始め、その後7歳で作曲も始めます。
1965年、18歳でアゼルバイジャン国立音楽院へ入学し、ピアノをウルファン・カリロフ(Ulfan・Khalilov)、作曲をカラ・カラーエフ(Kara・Karayev)に師事しました。カラーエフはモスクワ音楽院で学び、後年スターリン賞を受賞した、当時のロシアを代表する作曲家の一人です。
カラーエフは、アゼルバイジャンに伝わる民謡を採集し、自身のオーケストラ作品に取り入れました。スターリン政権下では、国威発揚を促す作品を書くことが作曲家のあるべき姿でした。一方で民謡を取り入れることは許されていましたので、創意工夫によって新境地を開拓しました。
フランギスはカラーエフ指導の下、1970年から76年は助手となり、74年から76年は研究生として更なる勉学にも励みました。その後は助教授、教授と順調にキャリアを重ね、1980年にはアゼルバイジャン作曲家協会賞を受賞します。1989年には音楽博士号論文「Orchestration in Works by Azerbaijani Composers」を発表し、1996年以降、現在に至るまで最高位の教授として後進の育成に従事しています。
ピアニストとしては、アゼルバイジャン国内でロシアの作曲家や西側の現代作曲家のシュ二トケ、ベルグ、ケージ、メシアン、シェーンベルグを初演しました。
作曲家としては、アゼルバイジャンの民族音楽--ムガム(Mugham)を取り入れ、西洋音楽と融合させた作風が特記されます。前述の師であるカラーエフの作曲スタイルに大きな影響を受けたのです。
ムガムは口承文化の民謡をベースに、古典楽器と奏者の歌で成り立っており、即興的でありながら、様式を守っている作風です。それと同時に、きわめて自由に多種多様なスタイルがあり、2003年にユネスコ無形文化財の指定を受けました。隣国との紛争の歴史のたびに、祈りの音楽として国への愛を歌ってきました。
彼女の作品は、1980年代から世界に広まり始めました。チェロ奏者のヨーヨー・マ、バイオリン奏者のヒラリー・ハーン、アメリカの現代音楽の先鋭クロノス弦楽四重奏団が彼女の作品を演奏することにより、『ニューヨーク・タイムズ』等一流紙に批評も掲載されました。作品には、ふたつの対比=古代と現代、東洋と西洋、エスニックとユニバーサルなどが多用され、独特の世界を広げました。世界的な演奏家たちの録音が助けになり、より多くの人に届くようになりました。
その後、1992年から一時期はトルコに生活の拠点を移します。その理由や背景は見つけられませんでしたが、恐らく、1991年のソ連邦の崩壊、92年のアゼルバイジャン独立に起因するものと思われます。
つい最近、2023年9月末にも、アゼルバイジャン国内のアルメニア人が多く住むナゴルノ・カラバフで領土問題が勃発しました。この係争地の争いは100年に渡る歴史があり、この度はアゼルバイジャンが勝利し、大量のアルメニア難民を出しましたが、トルコやロシアの介入や、宗教の違いなど、様々な背景が横たわっており、絶えず紛争地としての緊張が続き、完全な停戦はないのかもしれません。
1990年代後半はドイツへ移住し、現在では本国と行き来をしながら活動を続けており、99年のルチェルン音楽祭では、初の女性作曲家としてアーティストインレジデンスに選ばれ、それ以降は西側の各地から声がかかり活躍を続けています。
本国の人民芸術家賞の受賞の他、子ども教育分野でユネスコ親善大使、アゼルバイジャンのムガム音楽祭の総合監督、アゼルバイジャン科学アカデミーの通信部門の理事、バクー複合芸術センターの理事にも就任しています。
多作の作曲家で、オペラや劇場音楽のほか、Mugam Sayagi(クロノス弦楽四重奏団、委嘱作品), Impuls, Silk Road(パーカッションと室内楽による協奏曲)、Habil Sayagi(チェロとプリペードピアノによる作品)、Nasimi-Passion(バリトンと合唱とオーケストラのための作品、また、歌曲ソングサイクルには、from Japanese Poetry(歌詞は石川啄木をドイツ語とロシア語に訳したアンサンブル作品)があり、ロシアの女性作曲家グバイドウーリナに献呈しています。
ピアノソロ作品はピアノソナタ、協奏曲のほか、ソロ作品「Music For Piano (1989/1997)」を書きました。Prepared Piano の提示があり、ピアノ内部のある一定の弦から弦に石のネックレスを置く指定により、打楽器的音響効果を出します。作曲家により指定は違い、金属、ゴム、木を置き、金属的な効果を意図しています。
筆者は既に5年ほど前に作品を見つけ、楽譜入手を試みるも当時は困難を極めましたが、この間に出版システムも改善して多くのピアニストの音源を聞ける環境となり、2019年には、AgaKhan 音楽賞の授賞式で作曲家自身による演奏も残されています。けっして記譜通りの演奏ではなく、自在にメロディを歌い上げた手の内に入った演奏です(出典参照)。
この度のリサーチにあたり、遠い昔、ブダペストでアゼルバイジャンの建国記念日を祝うコンサートを聞いたことを思い出しました。大使館主催で本国を代表するオーケストラとピアニストがお見えになり、交響曲やピアノ協奏曲を聞きました。あいにく作曲家名は失念しましたが、様々な音楽要素のミックスで、金管楽器を多用したロシア的クラシック音楽にアジア的な哀愁、まさしく演歌的な要素も含んだ独特な、国威発揚的な音楽でした。たいへん印象深い一夜でした。
この度の演奏は「Music for piano 」から抜粋でお送りします。
なお、都合により11月、12月の連載はお休みとさせていただきます。2024年1月より再開の予定です。
出典
クロノスカルテット Mugam Sayagi (1993)
Mugam Sayagi (1993)
作曲家による演奏 Music for Piano (3) Aga Khan Music Awards 2019 | Laureates | Franghiz Alizadeh - YouTube
ユネスコ親善大使 Franghiz ALI-ZADEH (unesco.org)
Ali-Zadeh Wiki アゼルバイジャン語の英語翻訳
フランギス・ホームページ Prof. Franghiz Ali-Zadeh – Official Web Site of Composer (franghizalizadeh.com)
日本の詩から~石川啄木の歌詞によるソングサイクル
From Japanese Poetry (Aus Japanischer Poesie) | Franghiz Ali-Zadeh - Wise Music Classical