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4.2 ふさわしい声ではなく(下) 池田直子
2012.03.02 Fri
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(前回からの続き)
確かに強い声はあるかもしれない。今の私は、不安をあおるだけだとわかっているのに、誰か社会を読むに「ふさわしい」ひとの声を探そうとばかりしてしまうことがある。怖いと叫んでいるのはほかでもない自分の声なのに、その声は聴くに足りないと捨て、「ふさわしい」声を求めてしまう。しかし、デイビスさんがいうように、そんな『ふさわしい声』とは、たくさんの切り捨てによって(私自身が切り捨てながら)小さく狭くした世界の声でしかなく、実はあちこちにたくさんの声は本当はあふれているのかもしれない。
そのように「声」について考えるなかで、自分自身が今強く魅力を感じている本を二冊紹介したい。
一冊目は、下田治美さんの「精神科医はいらない」。この本では、著者下田さん自身のうつ病の経験(苦しみと、そして自己発見と治癒の過程)を紹介しながら、そのなかで自分が戦ってきたのは、うつ病そのものというよりむしろ、自分が関わった精神科医によって奪われそうになった「自分」が「治る権利」「知る権利」「疑う」権利だったと喝破する。多くの精神科医を名指しで特定(ヤマギシの医者、そして町田医師、斉藤環など)し、下田さんは、彼らが人間として当たり前の苦しみや立ち往生に病名をつけて管理、支配、尊厳の略奪を効率的に行う手法を用いていると分析する。「正常者」「健常者」にふさわしいとされる一部の精神科医の声のうさんくささ、桁外れの利益主義、そして医者の常套句「現代医学では治らない」という専門家の「声」をどうやって拒絶するか、などをふんだんに盛り込んだこの本は、専門家の「声」に苛立ちや苦しみ、不信感を持ちつつも、うまくやりくりできない時に、びっくりするくらいやる気とノウハウをくれる。「そうだ、病院に行こう!しかし何も奪われない権利をもったまま。」そう、思わせてくれる。壮絶な戦いのなかで下田さんが発し続けた声は、専門家の声より説得性があるんである。
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二冊目は、島崎今日子さんの「この国で女であること」。著者島崎さんが「なにがしかの形で「女として」戦っている」20人の著名人へ行ったインタビューを基にした本だ。私は普段、個人的に「女性へのインタビュー」というくくりのものを読むのがすきではなく、それは、読みながら、インタビューしている人が聞こうとしている声の「質」がもう既にいくらか決まっているような気がして、とりわけインタビューされるのが女性である場合、これは昔山田詠美さんも書いていたことだが、勝手に語尾を「ね」とか「なの」と編集で直されるということもあるらしく、語り手の声そのものが、語り手の身体を勝手に読み取った側(聞き手)のイメージする『女』へ移し替えられるような気色悪さをこちらまでが味わわされギャー!となるのだ。島崎さんは、まさにそういう「おんな」期待システム!みたいなものに対し、インタビューした20人はそれぞれに異なるやり方で関与し、戦っている当事者であるという立ち位置で書こうとしているのではないかと思った。そのため、「女」とくくられつつも、当事者たちによる「女」の戦い方、関与のし方がそれぞれ多様で個人的なために、そもそも女というくくりに意味はあったのか、女の声なんて集合体はあるのか、という反語的効果が生まれているような気がする。そういう意味で、「ふさわしさ」の向こう側で、声を聞くことの楽しみを教えてくれる。
話を戻そう。私の場合、不安はどこか得体の知れないもので、それをもっていると、まるで自分が正体不明のイキモノのように思え、ついわかりやすい言葉を話すひとについていきたくなる。しかし、その「わかりやすさ」が、どういう意味か?ということを、デイビスのエピソード、そして上に上げた二冊は、共通して問いかけているような気がする。専門家の「治せない」という声、ジェンダー制度と戦う当事者の声を『ふさわしい女の言葉』に書き換えていく文化、そして歴史を語るに「ふさわしい」声。それらをつうじて、不安をぬぐい、生き方を学び取っていけば、生きやすくなるよ、とこちらに語りかける声にも思われる(もちろんそればかりではないだろうが)。乱反射する声を恐れず、自分の中の声を否定せず、私の心の声は今とても混乱しているが、それはすべて「私」にふさわしいかたちの、暴力への怒りや恐怖の表現であり、それらについての理解の仕方なのだ、と、思うところから始めよう。そんな風に思った。
次回「つぶやくひとつの声」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから
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