視界に黄色い拡声器がはいってきた。握るのは白シャツの男性だ。「警察
police」と読める腕章をしている。背後にズラズラズラッと男性の一団が控え
ていた。いずれも長袖の白シャツに黒い長ズボン姿、さらに黒ジャケットまで
着ている人もいる。記録的な酷暑となった今夏、しかも炎天下に、異例のいで
たちだ。
「これから車を開けます。部隊を突入します。怪我をする恐れがありますので
離れてください。警告します。現在時刻8時42分、ただちに車から離れてく
ださい。通路をあけてください。警告第1回めです」
拡声器の男性は腕時計を見やりつつ、そう告げた。
「はい、離れましたー」女性の声が応じる。
それでも拡声器の声は続けざまに鳴りわたった。
「第2回めです。現在時刻8時42分、車から離れてください。通路を確保し
てください。現在、皆さまは違法行為をしております」
「第3回めの警告です。現在8時43分、車から離れてください。部隊を突入
します。離れてください。たいへん危険な行為です。やめてください。部隊を
突入します」
サッと拡声器が退いた。うしろで待機していた男性がワラワラと前進をはじ
める。白黒の私服に警察の腕章をする姿も、しない姿もある。遠目ならば警察
の「部隊」が突入しているとは思うまい。
「西やめろ」の声が湧きおこった。西哲夫・上関町長のことである。
町長が、町民への説明も合意形成も怠ったまま、使用済み核燃料の中間貯蔵
施設の立地可能性調査を受け入れようとしているから、説明責任を果たして合
意を形成するよう、独断専行をやめるよう、人びとは懸命に町長へ訴えていた
。それを警察という暴力装置で排除しようとする首長への、不信と憤りがにじ
む。
「離れてください。現在、皆さまは庁舎の敷地にはいり不法に通路を塞いでい
ます。警察は部隊をもって対処します。今から開けます。たいへん危険です」
こんどは後方から拡声器がそう告げる。
「なにが“不法”か」と女性の声。状況を一方的に定義されることへの異議でも
あるだろう。
だが「部隊」は一気に突入した。「危ないですよ」と言いつつ人びとを押し
ている。
「警察なら国民を守ってください!」高音の声が訴えた。
「腕を(警察が)殴ったらダメじゃろうが!」太い声も鋭く指摘する。
女性がひとり、拡声器へ歩みよった。足は弱り気味なのか、杖を両手で握っ
て姿勢を支えている。そうして背筋をゆっくりのばし、拡声器を見すえて屹立
した。
その姿は、歳をかさねて多少は縮んだ気配もありつつ、護法神の仁王(にお
う)のようだ。そもそも法や規則を軽視するような人物ではない。むしろ法の
精神を尊重するからこそ、服従をこばむのではないか。
「人が倒れちょるんで、押さんといてください」
なだめるような「部隊」の男声が聞こえた。
「警察が来るから(人が)倒れるんでしょう」
女声は即応する。
「報道の方は通路をあけてください」と「部隊」の男声。「え?」と聞きかえ
す女声へ、「仲間でしょ?」と応じた声音や表情はあくまでジェントルだ。
「…ああ。助けてやって!」年配らしき女声が呼応する。まわりの人も一刻
たたずみ、結果的になんだか押し出されていく格好になった。
何かおかしい。その不穏な空気を女声が裂いた。
「誰も倒れてないじゃないですか!」
倒れた人はいなかった。沈みこんだ人がいた。「部隊」によって強制的に身
体をその場から運びだされそうな状況に、とっさに身を低く沈ませて抗ってい
たのだ。市民的不服従という言葉を想起させる、非暴力の行動と言ってもいい
かもしれない。
「部隊」はそれを、不本意にも倒れたように偽って、「仲間を助けるため」
と匂わせて人びとの協力を誘い、逆に仲間の排斥に加担させようとしたのだ。
二重に憤りを覚えたのか、女声はワナワナと震えていた。
あちらこちらで「痛い、痛い」と女声が訴える。すごい力で押してくる「部
隊」に圧迫されているのだろう。
「痛い人は下がってください」と「部隊」の男声は応じる。
「(警察が)暴力をふるっています。暴力はやめろ」と太い声が、つづいて「
危ないことしているのは、警察でしょうが」と細い声も聞こえた。
「ちょっと待って。人が通る道をつくる」と、またもなだめるような「部隊」
の男声。
「そうやって、一人ひとり連れていってるんじゃないの、あんたら!」
間髪いれずに女声が指摘した。
すでに人びとは揉みくちゃになっている。言葉の応酬は聞こえても、身体の
動きを追うことは難しい。
それを計算済みなのだろう、「部隊」の男性は、感情を抑制した表情を顔に
貼りつけ、子どもに諭すような言葉をつかい、猫なで声を出していた。離れた
場所から一見して暴力とわかるような動作もしない。
それでいながら、そばにいるだけで我が身にあちこち痛みが走るのはどうい
うわけか。もしや「部隊」の面々は、その身体の全表面でまわりを圧迫してい
るのか? それは強靭な身体というより、硬い物体のような感じさえした。「
ちゃんと立とうね?」などと言いつつ「部隊」の男性が手でヒョイと腕に触れ
でもしたら、「痛い!」と反射的に声がでるほどその握力も激しい。
「みんな、引っぱってー!」
町長への訴えを大書して掲げていた長い布を、ひとりの女性が引っぱりはじ
めた。
「よいしょー!」
別の女性も声をあわせて布を引っぱる。布の手前にいる「部隊」の一群を、
うしろへ引きもどそうとしているようだ。布の奥では、町長の車近くにいる人
びとが「部隊」の前進によって押し潰されていた。
「なかの人たちが潰れている。危ない」と案じる女声。
「危ないよ、怪我するよ」と、そこへ「部隊」の男声が飛んできて、引っぱる
女性に介入する。
「警察が、危ないんでしょう」女声は切りかえした。
「下がって」「離れなさい」と「部隊」の男声がつづく。
連れだされそうになって抗う女性は揉みくちゃにされている。
「警察は、女子の手を触るな!」年配ふうの女声が吼えた。
女性町民を排斥しようと、「部隊」男性はあの手この手を駆使していた。た
だし、言葉も声も表情もあくまでジェントル路線である。「危ないですよ」「
ちゃんと立って」などと言ったり、連れだされそうになった女性町民が逆に「
部隊」男性にしがみつけば「離して」と訴えてみせたり。それは徹底していた
。
だが、いかに声音や言葉はジェントルでも、「部隊」が激しい力で人を押し
だしたり運びだしたりしていることは、その場で取材をすれば体感でわかる。
ただそれは、写真や動画でおのずと伝わるものではないだろう。だから、それ
を計算しつつ行使された暴力は、慎重に伝えなければ、加害者の免責に加担し
て被害者の孤立を招きかねない。
なぜなら、そうした暴力の攻撃性は伝わりづらいため、被害をうけた人の痛
みは、なかったことにされてしまうから。そしてそれは、<理不尽な暴力にさ
らされて激昂するモノ言う民>に<理由もなく激昂する不可解で過激な人>な
どの誤ったイメージを塗りつけることにつながりやすいからだ。暴力は常に問
題だが、この日は特に目を凝らし、耳を澄ませる。
「危ないから、ここから離れなさい」「うしろに(人が)倒れている。押さん
でよ」「寝転がったら危ないですよ」と、「部隊」の男声が聞こえる。連れだ
されそうになった人が、あちこちで身を低くして抗っているようだ。
「町の管理のもと、ここにはもう一般の方はおられません」
黄色い拡声器がそう言った。
だがそこには上関の町民や周辺の自治体の住民が何人もいた。いったい何を
言っているのか?
「役場員! 警察を帰らせんか!」
町役場の職員へ、鋭い女声が飛んだ。「部隊」の男性に激しく押されている
ようである。「危ないよ? 怪我するよ?」と女性を案じるかのような口をき
きながら、実際には裏腹の行為をする言動不一致に憤慨しているようだった。
「なんでこんなことをするんじゃ」と嘆く男声。
混乱の渦中から強引に連れだされ、尻餅ついて倒れる姿も見えた。
「物が危ない!」「引っ張るな!」あちらでもこちらでも声や音が交錯する。
最年長らしき女性が倒れた。
そばにいた男性町民が咄嗟に受けとめている。
「危ないじゃぁないか!」女性は即座に抗議した。尻餅をついたものの怪我は
ないようで、さらに「警察は帰れ!」とたけって詰めよる。
「脚を持たれたら、危ないから。転ぶからね」
「部隊」の男性はなだめ口調で言う。そういえば女性の手にあった杖が、ど
こへいったやら見えない。
「ゆっくりでいいよ。転ばんように。これじゃあ立てんよ?」
そう言って自分をうながす「部隊」男性の脚をトントンと手で軽く叩いて注
意を喚起すると、女性はまたもや「警察は帰れ!」と声をあげる。その女性の
頭上で、額に汗を浮かべて姿勢を保つ「部隊」の男性が、「高齢者もいるから
押さないで!」と背後に叫びつつ「お母さん、立ってよ?」と女性を急かして
いた。
ふたりの年齢差は50年以上あるだろう。この女性は、若い「部隊」男性が
生まれるずっと前から原発問題をめぐって町と対峙してきた、生粋の地元住民
なのだ。軽々に扱われることなどあってはならないと、わたしは事態を注視し
た。
そのとき町長の車の運転席のそとで、「部隊」の長らしきボブカットの男性
が右手でなにやら合図をした。運転席のドアまわりを固めた「部隊」の男性群
が、いちように身構える。
おもむろにドアが開けられた。西町長はついに車から降りたった。
「町長ーーー!」汽笛にも似た女声があちこちで起きる。
「おーい、町長さん、それはおかしいぞ」男声も沸いている。
西町長はそれには目もくれず耳も貸さず、庁舎へ向かおうとした。
だが「部隊」の屈強な身体が、背中を内側にしてスクラムを組み、町長を囲
んでいる。その人壁によってやっと確保する小さな空間に町長は立っているの
だ。人壁とともに移動するほかない状況だった。
「通路をあけてください」「はい、立って!」「危ない危ない、本当に危ない
よ」
そんな言葉で「部隊」は人びとを牽制しつつ前進をはじめる。その足下に視
線を落とせば、あの女性が転倒したまま座っていた。町長は気づいていないよ
うだ。
「考えぃや、町長!」突き刺すような男声が飛んできた。
「痛い痛い!」女声が叫ぶ。
「通るから」人壁はそう言い捨てた。
町長は脇目もふらずに進もうとする。それを追いかけて人びとも車から離れ
、団子のように人壁にくっついて膨張させた。「離れて」「道をあけて」「危
ない危ない」などと言いながら「部隊」はそれを押しのけて強引にどかせる。
引きずられたり転倒したりした人を何度も目にした。
町民たちをまさに蹴散らしてすすむ首長の姿は、控えめにいっても衝撃的だ
。あの女性は文字どおり踏みつけにされたのではないか?
「町民は怒っているよ!」静かな怒りに満ちる女声がくりかえし聞こえていた
。
大騒動のすえ西町長は庁舎へと消えた。「閉めて閉めて!」と言って警察は
即座に入口を閉じ、つづいて入ろうとする人びとを堰きとめた。
「なんで警察が閉めんにゃならんのか!」あたりに鳴り響く女声が聞こえた。
「そうよ。傍聴する券も持っているのに」傍聴券を手に困惑する女性もいる。
「開けい!」年長の女性が仁王像の迫力をもって要求した。
いずれも当然の反応だろう。議会だというのに、この状況は何なのか。
2023年8月18日金曜日、まもなく時刻は午前9時になろうかというころ、ひ
とまず傍聴券を持つ人のみ上関町役場の庁舎内へ入ることができた。議場はそ
の3階にある。(つづく)
注)このレポートの予告動画3本のうち1本目を現在も公開中です:
8月18日、上関町役場前で その1
*この企画は一般財団法人上野千鶴子基金の助成を受けて実施しています。