密かに進む子どもを軍事化に利用する巧妙な仕掛け―近現代の日本史を通して見る―

2023年10月7日のハマスのテロ攻撃以来、わたしたちは、圧倒的軍事力を持つイスラエルによるパレスティナ、特にガザ地区の人々への無差別殺戮の映像を日々目にしている。報道される惨劇―とりわけ子どもや乳児の被害へのフォーカス―は、ガザ地区の人口の半分を20歳未満の子どもたちが占めているという構造に由来するだけではなく、報道する側の意図、そして犠牲者が子どもであることに一層痛ましさや怒りを持つわたしたち視聴者の感情を揺さぶる。

「感情資本」
本書の著者、サビーネ・フリューシュトゥックは、この、子どもにまつわる「感情資本emotional capital」という概念を使い、日本の近現代を通して軍隊と子どもの関係を分析した。つまり、「子どもは無垢、脆弱で政治的に潔白で、道徳的に純粋であり、本物の感情をもっている」とする大人の感情が、日本帝国主義時代の戦争や戦後の平和主義にどのように子どもを利用してきたのかを豊富な資料をもとに浮かび上がらせる。
本書の章立ては以下である。
序章 傷つきやすさの仮説
第Ⅰ部 戦争ごっこ
第1章 陣取りゲーム
第2章 紙の戦争
第Ⅱ部 戦争のイメージ
第3章 無邪気さという道徳的権威
第4章 戦争をクイアする
終章 ピンク色の赤ちゃんのルール

不安な戦士たち
日本は19世紀末から20世紀にかけて戦争に明け暮れたが、1945年以降、国家的平和主義へと転換した。敗戦後約80年間、カッコ付ではあるが「平和主義」を通した国民国家は世界でも稀である。しかし子ども期と戦争の交差を視座に据えると、日本近現代を通して軍事主義の連続性と軍事主義への順応性が明確に見えてくると筆者は言う。
軍国主義の時代では、教育、遊び、本・ゲーム・絵地図・映画などの豊富な媒体を例に挙げて、いかに子どもの姿が戦争の正当性、善良さ、必然性に結びつけられたメッセージとなり、また子ども自身を戦争へ動員してきたかが明らかにされる。
敗戦後の平和へのプロセスでは、「平和の女性化」とともに、ポストモダンの軍隊としての自衛隊の広報によって「平和の幼児化」が進められてきたという。著者は、2007年に出した自衛隊研究の本『アンイージ・ウォリアーズ』(Uneasy Warriors: Gender, Memory, and Popular Culture in the Japanese Army,=原書房、2008)で、自衛隊をポストモダンの時代の軍隊の先駆けとして位置付けた。つまり、かつての軍隊のように国のために戦い、殺すのではなく、PKOのように「他者をケアし救済する軍隊」という位置づけである。しかし、憲法第9条を持つ国において、非戦闘的存在である自衛隊員のなかには、「人道支援は本来の任務ではない、あくまで二次的なものでしかない」と考える人もいれば、弱いものを救う、「これこそ男らしい行為だ」と意味づける人もあり、それが「アンイージー(不安)」なのだと指摘した。
このアンイージーさゆえに、自衛隊の広報は子どもとジェンダーにまつわるさまざまな工夫を凝らしたものとなっている。2004年のイラク派兵では、広報誌の表紙にはハローキティの服を着たイラクの少女が男性自衛官の膝に座り、隊員は子どもたちの笑顔に囲まれている。特記すべきは自衛官たちが子どもたちに折り紙を教えている図である。「折り鶴」ほど、戦争の犠牲者としての子ども(広島の被爆少女・サダコ)と平和を結び付ける表象はないだろう。2011年の東日本大震災後は、ピンク色の服を着た少女が破壊された町の残骸を片付ける自衛隊軍用車へ向かって手を振っている構図が使われるようになる。この年の漫画防衛白書には、女性自衛官が温かく微笑みながら生存者へ食事を届け、音楽を届ける様子に、子どもたちの「お母さんみたい」という言葉が盛り込まれている。漫画のラストには優しそうな女性自衛官を男性自衛官や子どもたちが囲み、「感謝メッセージ」が配置されている(p.225)。ちなみに、2022年、自衛隊内の性暴力被害を告発した宮城県出身の五ノ井里奈さんも、東日本大震災時(11歳)の自衛隊の活動に感動して自衛官になった一人だ。

「戦争をクイアする」
漫画やアニメ的効果を狙って、防衛省は2005年の防衛白書から、小児性愛的なロリータスタイルの少女のキャラクターを登場させた。思春期前の少女のソフトポルノ化に満ちたポップカルチャーは、男性の欲望の対象として利用され、さらに軍隊少女漫画では「萌え」という、対象に対する感情的反応を呼び起こし自衛隊へ魅力を吹き込む効果が発見された(p.235)。このように筆者は、子どもや子ども的身体が、戦争/平和、男/女、子ども/サイボーグ、セックス/暴力の境界を超えたり、曖昧にしたり、再定義されたりするさまを観察し、自衛隊は「戦争をクイア」しているという(p.216)。同時に、軍国主義時代にもおこなわれたような、子どもへの感情資本―傷つきやすく無邪気で、優しくかわいらしいもの―として、軍隊を正当化し平和を感傷的にするためにも利用されているという。
東アジア地域の軍事的緊張が高まるなか、少子化が進み隊員確保が難しくなるなか、2015年防衛省がウエッブ上で開設したアニメ動画『ボーエもんの防衛だもん—よくわかる自衛隊』は、空自の戦闘機パイロットを父に持つ小学生の男の子の疑問―「お父さんは昨日は何をしていたの?」に答えるという設定となっている。専業主婦の母と子ども3人という、国家が理想とする近代家族のもとに、父親の任務(越境しようとする外国の戦闘機にスクランブルをかける=国土防衛)の正当性と次世代の自衛官を誘引するしかけが子どもを通してなされている。視聴者のコメントには、「自衛隊さんありがとう!」という絶賛の書き込みが満載である。読者の方々にもぜひ一度視聴していただきたい。
子どもと戦争の関係に関しての日本史研究は多くの蓄積があるが、日中・アジア・太平洋戦争期に集中している。そのような中で、本書は、近代から現在までの長いタイムスパンを通し、子どもと「感情資本」という新たな視覚で分析した画期的な本である。また、在日米軍が行っている漫画を使った広報(『わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ』2010年から始まったシリーズ)の分析も興味深い。筆者は、軍事化と軍事主義は、表面上は平和な多くの社会において、巧妙に隠された事象となって密かに進行し続けていると警告する(p.275)。

最後に、紹介者がウオッチしている月刊誌『MAMOR』(防衛省の編集協力を得て扶桑社が発行)2023年11月号の表紙に、ここ数年来初めて現役の男性自衛官が掲載されたことを付記しておきたい。毎号、彼らが「女神」と呼ぶ若い女性が訪問先の自衛隊駐屯部隊の制服に身を包み、敬礼するというパターンが定着しているなか、注目に値する出来事である。タイトルに「美(ちゅら)ら島まもる自衛隊さんたち」と書かれ「沖縄の艦隊」特集となっている。右上には小さく「島の自衛官と結婚しようよ!」という文字が入っている。明らかに、中国や「台湾有事」を意識した南西諸島軍事化に対応するものである。本書が書かれたのはロシア―ウクライナ戦争開始前の2017年である。著者は、自衛隊が、軍隊が持つ大量殺戮の可能性を抑制するために、子どものキャラクターやプレティーン(9歳~12歳)の少女を魅力的に使うなどして「平和の幼児化」が図られてきたことを浮き彫りにしている。しかし、「戦後の自衛隊の曖昧な法的・政治的地位を背景に、数十年にわたって培ってきた」(p.133)前提が、今、崩れようとしているのではないだろうか。そのような危惧をリアルに感じさせてくれるのも本書の効果である。

◆書誌データ
書名 :「戦争ごっこ」の近現代史―児童文化と軍事思想
著者 :サビーネ・フリューシュトゥック著/中村江里・箕輪理美・嶽本新奈訳
頁数 :342頁
刊行日:2023/11/30
出版社:人文書院
定価 :5280円(税込)

「戦争ごっこ」の近現代史: 児童文化と軍事思想

著者:サビーネ・フリューシュトゥック

人文書院( 2023/11/30 )