板谷利加子と性被害者の交流『御直披』

「御直披」(おんちょくひ)、この言葉は「あなたにだけ読んでいただきたい」という意味を持つ。本書は約30年前、レイプ被害を受けた女性と、当時神奈川県警捜査一課の女性刑事であった板谷利加子警部補との手紙のやりとりがまとめられた著作である。

本書は、路上でのレイプ被害に遭った女性が、警察に対して抱いた不信感から始まる。男性警察官から「初めてじゃないんだろ」などと心無い言葉をかけられ、深く傷ついた被害者が、神奈川県警捜査一課の女性刑事による性被害電話相談の存在を知り、その担当者である板谷警部補に手紙を送るところから、物語が展開される。この手紙のやり取りの中で、板谷自身の女性刑事としての苦悩や、性被害者との交流が丁寧に描かれている。

特に印象的な場面は、幼い女の子に対して、板谷が「私リカちゃんていうの。悪い奴を一緒にやっつけよう」と語りかけ、女の子が涙ながらに被害を打ち明けるシーンだ。この瞬間は、板谷の人間性と、被害者との深い信頼関係がよく表れている。また、外国人女性からの相談に対し、経営者による搾取に苦しむ女性を支援する姿も描かれており、板谷をはじめとする女性刑事たちの奮闘が本書を通じて克明に伝わってくる。

当時の警察は、今以上に男性社会の色が濃く、その中で女性たちが性被害者に寄り添い、電話相談を立ち上げ、一人ひとりに真摯に向き合う姿は感動的だ。板谷や彼女の部下たちが、被害者の苦しみに心を痛めながらも、その立場でできる限りの支援をしていたことが強く伝わってくる。「刑事だって人間です」という彼女たちの言葉は、単なる捜査員ではなく、被害者に寄り添う心を持つ人間としての側面を際立たせている。

この交流の結果、板谷と手紙を交わしていた被害者の犯人には、当時としては異例の懲役15年という実刑判決が下された。この判決は、板谷たちの尽力の賜物であり、彼女たちが苦しむ女性に寄り添った事実がもっと広く知られるべきだと感じる。

余談だが、今から約30年前、私も著者である板谷さんとある事情から交流を持った一人である。当時、彼女やそのほかの女性刑事さんたちに支えられた経験は、私にとって非常に大きなものであった。あれから30年が経ち、私は看護師として働き、その後の紆余曲折を経て児童相談所で働き大学院へ進学し、看護学校の教員になった。児童相談所一時保護所の子どもと看護の研究を行い、板谷さんたちが関わった人々と同様の境遇にある子どもたちにも直接向き合ってきた。私自身、板谷さんほど優れた手腕を持っているわけではないが、彼女が当時の私に寄り添ってくれたように、私も看護師として子どもたちに寄り添ってきた。

今の私の姿を見たら、板谷さんはどう言うだろう。「へー、ゆかちゃん、がんばったね。そして私のこと覚えててくれてありがとね」。そう言いそうだ。捜査一課から警察学校や警察署に異動になった板谷さんのエピソードは、どれも面白いものだった。

板谷さん、本当にありがとうございました。あなたのような刑事に出会えたことに心から感謝しています。

◆書誌データ
書名 :御直披
著者 :板谷利加子
頁数 :223頁
刊行日:1998/1/1
出版社:KADOKAWA
定価 :1320円(税込)

*上記単行本は入手困難のため、文庫版も以下に紹介します。
書名 :御直披:レイプ被害者が闘った、勇気の記録<文庫>
著者 :板谷利加子
頁数 :242頁
刊行日:2000/9/1
出版社:KADOKAWA
定価 : 460円 (税込)

御直披

著者:板谷 利加子

KADOKAWA( 1998/01/01 )

御直披: レイプ被害者が闘った、勇気の記録 (角川文庫 い 48-1)

著者:板谷 利加子

KADOKAWA( 2000/09/01 )