『資本制と家事労働』を一時保護所看護師の視点で読む
上野千鶴子著『資本制と家事労働 マルクス主義フェミニズムの問題構成』は、家事労働の重要性を再考し、再生産労働が資本主義社会において果たす役割を浮き彫りにした意義深い著作である。上野は、家事労働が経済的に過小評価され、家父長制のもとで女性が担う労働がどのように資本主義に取り込まれているかを明確に論じている。
「学歴の高い妻は質の高い再生産労働を提供できる」という主張は、家庭内の文化的・知的資源が子どもの教育環境に与える影響を指摘しており、家庭内の再生産労働が社会の不平等を助長していることを鋭く捉えている。この視点は、現代においても非常に有効である。
ただし、1985年の発行から現在に至るまでの社会的変化を踏まえれば、議論の深化が必要な点も見えてくる。例えば、私の研究対象である児童相談所一時保護所の看護師たちは、ケアマネージャーや社会福祉士、保育士、養護教諭などの資格を持ち、20年以上の臨床経験を有する高度な専門職である(この臨床経験は、医療施設で用いられるクリニカルラダーで最高レベルⅤに相当し、師長クラスの指導力を備えている)。彼女たちは豊富な経験と知識を活かして看護を提供しているが、社会的な評価が不十分であるのが現実である。
上野の分析は、再生産労働が主に低賃金で行われる家事労働に焦点を当てているが、現代では再生産労働の範囲が拡大し、医療や福祉など高度な専門性を持つ分野にまで広がっている。児童相談所の看護師たちのような高度な資格と経験を持つ専門職であっても、その価値が十分に認識されていない現実を考えると、再生産労働の多様性を考慮に入れるさらなる議論が求められる。
さらに、本書では再生産労働者の視点や意識に対する考察がやや不足している。私の調査によると、長年の経験を持つ看護師たちは自らの専門性に誇りを持っているが、社会的評価が低いことに対してフラストレーションを感じている。こうした労働者の声を反映することで、再生産労働の現状をより深く理解できるだろう。
性別の問題も重要である。現在、わが国の看護師の92%は女性であるが、8%は男性が占めている。かつて看護師は女性の職業とされていたが、今では性別を問わず働ける職業となっている。しかし、再生産労働の枠組みが依然として女性を中心に構築されており、男女の看護師が共存している現状は、家父長制の影響が依然として残っていることを示している。
また、看護労働においても、高齢者や子どもたちは資本主義社会において軽視されがちである。特に、高齢者は選挙権を有するため政治的利用価値があり、社会的影響力を持つが、子どもたちは選挙権を持たず、生産性が低いとみなされるため看護労働の評価がさらに低くなりがちである。このように、子どもたちに対する看護労働はコスト削減の対象になりやすく、再生産労働の価値が適切に評価されない背景には、このような構造的要因が存在する。
1985年から今日に至るまで、ジェンダー観や社会状況は大きく変化している。看護職における男性の増加や、ジェンダーレスな職業観の広がりが見られる今、再生産労働の価値を再評価する必要がある。私の調査でも、看護師は依然として女性が中心であるが、男性看護師も増加し、彼らが直面する課題も注目されている。
上野千鶴子の『資本制と家事労働』は、家父長制と資本主義が再生産労働の価値をいかに過小評価しているかを鋭く描いた著作である。しかし、現代の再生産労働の複雑な実態に対応するには、さらなる議論の拡張が必要であり、現代社会の変化を反映した包括的な分析が求められている。
※本書はすでに絶版となっているため、購入はアマゾンマーケットプレイスや公共図書館で蔵書検索してください。
2024.11.05 Tue
カテゴリー:わたしのイチオシ
タグ:本