本書は、実存思想協会シンポジウムにて「ボーヴォワールとサルトル」をテーマに開催された内容を収録している。
ボーヴォワールとサルトルの両者を結びつけるサブテーマ「老い」について、上野さんによる講演タイトル『アンチ・アンチ・エイジング』が収められている。

ボーヴォワールの『老い』を、ずいぶんむかしに読んだときからずっと頭のなかに鳴り響いている言葉があると上野さんはいう。

「老いは文明のスキャンダルである」。

この言葉を生み出した1960年代のフランスにおいて、ボーヴォワールが見聞きし、自身が経験した「老い」とはどのようなものであったか。
女性にとっての老い、高齢者の性愛、老いを拒否する思想について書かれた時代から半世紀以上の時を経て、わたしたちが暮らすこの社会は「老い」のイメージをいかに変化させただろう。

むかしのまま「老い」についての思想が変化してこなかったとしたら現代は、高齢者にとってどのようなものになっていたのだろう。だれにでも下り坂を下るように老いは訪れる。「ましてや、加齢とは、ままならぬ身体と付き合う、自分の身体そのものが他者になっていく経験です。」(本文p.33)

わたしたちは老い衰えて、ひとさまの役に立つこともできなくなって、死に向かって生きていく。人が生きている社会の成熟度は、高齢者をどう処遇するかで測られる。社会の豊かさとは老いにどう向き合うかの結果である。わたしたちは望みをもってよりよい時代につくり変えていく。

『ボ―ヴォワールの死後、エリザベット・バダンテールが追悼の言葉を述べています。「子どもをもちたいとけっして願わなかったこの女性が世界じゅうの何百万の娘たちの 精神的な母であることはなんという矛盾あり、なんという勝利であることか!」』(本文p.34-35)

ひとりの女性が、ボーヴォワールが、わたしたちへ遺した言葉を、歳とともに胸に抱いて、わたしの心に、ずっと鳴り響いているものから逸(はぐ)れてしまわぬように、軌跡をたどりつながっている現在(いま)を進んでいく。

■堀 紀美子■