浮かび上がってきた「長寿期夫婦暮らしの生活問題」――85歳以上が1000万人の超高齢社会を前に
高齢者の生活問題は、「介護問題」、単身女性の貧困問題、男性の社会的孤立問題の形で社会問題化されてきた。
しかし、現在、長寿期在宅夫婦暮らしの生活問題が新たに誕生しつつある。これが本書のテーマである。
長寿化とともに、結婚した男女が夫婦で生きる歳月も延び、男性の有配偶率は85歳で77・8%、90歳で65・6%と高い。ひとり暮らし・施設入所が多い女性に比べ、男性の場合、在宅夫婦暮らしを続ける人が多く、その割合は85歳以上でも半数を超える。だが、その時期の生活を、誰がどのように維持していくのか。
70代までと異なり、80代以上なると、男性に比べて女性の方が、身体機能・認知機能の低下が進み、生活維持のための食事づくりや家事の困難度が増していく。その場合、ひとり暮らしであれば、食事づくりも自分次第だが、夫婦暮らしの場合、若い頃からの役割関係のまま、妻の負担のみが加齢とともに高まっていく夫婦は多い。夫の側は仕事をやめ、「買い物」「力仕事」からも降り、「口だけ」の生活となる。一方、妻の側はそこから降りられない。
10年余り、長寿期在宅高齢者の聞き取り調査を続ける中で、母親の方が弱り、生活維持がいよいよ困難になった時点で、両親の生活に関わり始めた子世代女性から、しばしば投げかけられた疑問があった。
「父親が自分でできるのに母親にさせる。役割が染みついて何もしない人になりきっているのでしょうか?」「父には『自分がしなければ』という気がまるでない。どうしてでしょう?」……などなど。
その疑問が解けたのが、90代半ばまで在宅生活を続けた両親を持つ娘の立場の女性から、「実家に帰った時、母がトイレで『じいさんに殺される!』と大声で叫んでいた。それを聞いた時、在宅生活はもう無理だと思った」という話と、その事情を聞いたときである。
そこには、母親の認知機能の低下や骨折という長寿期ならではの疾病性差、母親が弱り能力を失う中ででも父親がヘルパーなどの外部サービス利用を拒否し、家事と自分の世話を要求し続ける夫優位の役割関係、母親の低年金という経済問題、等々、ジェンダー関与的問題が重層的に関わっていた。
こうした長寿期夫婦暮らしの生活問題への支援は、ひとり暮らし高齢者の支援より、難易度が高い性格を持つ。「夫婦二人だから大丈夫だろう」と、民生委員や地域の「見守り」対象から外れがちなこと。夫婦間の補い合いがある分、問題発見が遅れがちなこと。さらに、本人の選択・意思による支援が可能なひとり暮らしに比べ、長年の生活で編み込まれた「共依存」関係が関わり、支援方針が立てづらいこと、などがその要因だ。
そんななか、「合体木的夫婦共倒れ」「体制埋め込み型夫婦間虐待」リスクが高まっていく。それは妻側に気力と身体能力がある70代までの夫婦とは異なる、長寿期在宅夫婦暮らしならではの性格を持つ生活問題である。
団塊世代が70代半ばの現在、まだこの問題は社会問題化されていない。しかし、2035年には85歳以上の高齢者が1000万人を超えるという。
だとしたら、その年代の在宅暮らしの親を持つ子世代は、親が元気な間にどのような関係をつくっておけば、そのリスクを低くすることが可能なのか。若い頃からの夫婦の性別役割関係が長寿期の生活問題につながるリスクをはらむとしたら、夫婦関係はどうあるべきか。
そうしたことを考える手がかりとして、高齢の親と子、両世代に読んで欲しい。そう思ってこの本を書いた。(春日キスヨ・社会学者)
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光文社新書noteのページで、
本書の「はじめに」や目次、抜粋記事を掲載しています。
ぜひお読みください。
https://shinsho.kobunsha.com/n/nac781ab30da7
◆書誌データ
書 名:長寿期リスク――「元気高齢者」の未来
著 者:春日キスヨ
刊行日:2024年10月17日
出版社:光文社
価 格:946円(税込)
新 書:264ページ(光文社新書)
ISBN-10: 4334104452
ISBN-13: 978-4334104450
2024.11.11 Mon
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