
ドイツ語と日本語の二つの言語で小説を書き、国際的にも注目されて久しい多和田葉子。本書は「エクソフォニー(exophony:母語の外へ出る旅)」という語で表わされる文学観を実践中の多和田の作品群から、日本語で書かれた中・長編小説を選び、多和田のエクソフォニーを支えたものについて書く試みです。
多和田のエクソフォニーを支えたもの―それはまず、二つの言語の間にある溝から紡ぎだされる独自の言葉遊びですが、これについては従来の批評の蓄積があるので、本書では、むしろ、多和田のエクソフォニーを支えたモチーフと理論、つまりクィア/フェミニズム的モチーフとベンヤミン、フロイト=ラカン、ドゥルーズ+ガタリなどの理論との関わりに焦点をあてて書くことをこころがけました。それによって、多和田の小説が、女性、性的マイノリティ、外国人、移民、そして文明の転回点にいる人類や動物などの思考と生命線を探る独自の試みをなしていることを示したつもりです。
導入には、芥川賞を受賞した『犬婿入り』を扱った第二章がいいでしょう。多和田の父系の交換体系(家父長制)への問いとドゥルーズ+ガタリの動物への生成変化という概念を絡めて論じています。また、第五章は、言葉遊びが言語芸術の域に達したといってよい『飛魂』を、ドゥルーズ+ガタリの群れ/群集論を用いて論じ、クィア/フェミニズム的モチーフを際立たせた論考になっています。こうしたありようから、エクソフォニーを支えた言葉遊びと思考の地図(理論)が多和田作品を駆動する両輪をなしていることが知れるはずです。このほか、多和田が専門的に学んだベンヤミンとの関わりで論じた第四章「無精卵」論、第九章『百年の散歩』論なども目を通していただくと多和田の企みが一層よく窺えるでしょう。
多和田のテクストは、従来もっぱら男性の論客が語っていた理論家たちの理論を、クィア/フェミニズム的な問題意識をもつ者たちに手渡してくれると感じさせるものです。この感覚を読者のみなさんと共有できれば、と切に願っています。
◆書誌データ
書 名:多和田葉子の地図
著 者:野島直子
頁 数:408頁
刊行日:2025年3月17日
出版社:彩流社
定 価:3300円(税込)
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