
*本稿は、執筆者二木立氏のご了解を得て「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」251号(2025年6月5日)より転載しました。
○上野千鶴子『アンチ・アンチエイジングの思想-ボーヴォワール「老い」を読む』みす ず書房,2025年4月。
…日本のフェミズム研究のフロントランナーの上野氏は50代に入ったときに高齢者の介護問題に足を踏み入れ、それ以来20年以上、「学生を引き連れて現場に赴」き、「彼らと共に フィールドワークをし、データを集め、討論」してきた(110頁)。本書はその蓄積を踏まえた渾身のエイジズム(老人差別)批判書。全15章。タイトルは「アンチ・アンチエイジング」だが、アンチ・エイジングを正面から批判しているのは第11章だけで、大半はエイジズムの批判。第1章は序章、第2章「老いは文明のスキャンダルである」~第8章「女性の老い」は、ボーワールの大著『老い』(1970)の詳細な「評論」で、同書の記述をてい ねいに紹介・分析すると共に(すべての引用文に翻訳書のページ数を明記)、同書以降の国内外の研究・言説を幅広く紹介し、時に厳しく批判している。第9章「高齢者福祉の起源」~第15章「『自立神話』を超えて」は、上野氏の今までのエイジズム批判の集大成と言える。ボーヴォワールと上野氏の博覧強記ぶりには圧倒される。
第9章で、上野氏は、アンチ・セクシズムが「女も男と変わらない。男にできることはすべてできる」という方向と、「女は男と違う。同じようにはできない。だからといって差別される理由はない」という二つの方向に引き裂かれたのと同じように、アンチ・エイジズムも「まだまだ若い」「年寄り扱いするな」という高齢者のイメージをポジティブに更新するアンチ・エイジズムと「老い衰えて弱くなった」「それの何が悪い」という弱さを受容するアンチ・エイジズムの二つの方向に分かれたと指摘し(224-225頁)、本書全体で前者を繰り返し批判し、後者を支持している。例:「突然死の思想こそ、PPK(ぴんぴんころり)こと、究極のアンチエイジングの思想」(216頁)。
私が一番注目・共感したのは第13章「『死の自己決定』はあるか」で、「死の自己決定権」・「死の権利」や安楽死・尊厳死を厳しく批判していること。一番痛快だったのは、「わたしがもっとも嫌いな言葉は『認知症予防』」と言い切っていること(269頁)。第15章の、近代リベラリズムやリベラリズム法学が「虚構の上に成り立っている」との批判も鋭い。これらを含めて、私は上野氏の事実認識と価値判断のほとんどに同意・賛成するが、「超高齢社会の死は、予期できる死、ゆっくり死」(296頁)は事実誤認と思う(その理由は『地域包括ケアと福祉改革』勁草書房、2017,36頁)。
○上野千鶴子『100分de名著 ボーヴォワール 老い 年齢にあらがわない』「NHKテキスト 2021年7月。
…上掲書のベースになったNHKテレビ番組のテキスト。①老いを自己否認する仕組み、②さまざまな社会や職業の老い、③老いと性、④老いの社会保障という4つの視点から『老い』を 読解。厳密な記述の上掲書よりはるかに読みやすく、薄い本(104頁)なので、一気に読める。『老い』の解釈と同程度に、上野氏自身の「老い」についての理解や主張も率直に書いている。「徹底的なリアリスト」、「正直であることを自分に課した人」、「本当に潔い人」、 そして驚くべき「先見性」のボーヴォワールへの上野氏の畏敬の念が伝わってくる。
○成田悠輔・上野千鶴子「(対談)あなたは世代間対立をあおっています(連載・成田悠輔 の聞かれちゃいけない話・第3回)」『文藝春秋』2025年5月号:276-283頁。
…団塊の世代でフェミニズムの旗手である上野氏と、『22世紀の民主主義』の「高齢者集 団自決」論で顰蹙を買いつつ、若者の強い支持を集める39歳の経済学者・起業家である成田氏とのガチンコ対談を期待して読んだが、二人の人間力・学識の格差だけでなく、対談に向けての準備面での格差も歴然としている(上野氏は成田氏の2冊の著書を読み込んで 対談に臨んだのに対して、成田氏はおおらく「手ぶら」で参加)。それでも、成田氏は、対談前半では、"Yes, but"話法・相対化法で上野氏の批判をかわしているが、後半では上野氏の鋭い批判にサンドバック状態。例えば、成田氏が古色蒼然たる「市場対国家」の二分法に基づいて「国家が市場を制御することが難しくなっている印象」を語るのに対して、上 野氏は「今起きているのはむしろ『国家の逆襲』です」と否定し、成田氏もあっさりそれを認める。上野氏の迫力に圧倒されたためか、成田氏は「[安楽死は]必要だと思っていないですし、安楽死制度の実現を望んでいません」、「介護保険や高額療養費制度のありがたさは、親族の介護や病気を通じて実感しています」とも発言。成田氏の著書は(私はこの対談を読んで読む価値がないと判断したが)、氏の「つい悪役になりたくなる」性癖を頭に置きながら読む必要があると思った。
◆書誌データ
署名 :アンチ・アンチエイジングの思想―ボーヴォワール『老い』を読む
著者 :上野千鶴子
頁数 :328頁
刊行日:2025/4/18
出版社:みすず書房
定価 :2970円(税込)
◆書誌データ
書名 :ボーヴォワール『老い』<100分de名著>
著者 :上野千鶴子
頁数 :105頁
刊行日:2021/6/21
出版社:NHK出版
定価 :600円(税込)
◆ほかの『アンチ・アンチエイジングの思想』関連の書評はこちらから
・河野貴代美さん https://wan.or.jp/article/show/11901
・米田佐代子さん https://wan.or.jp/article/show/11878
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