2013.05.17 Fri
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.初読美:『女が嘘をつくとき』という、ロシアの小説を読みました。
再読子:一九四三年うまれの円熟した女性作家による六篇の連作短篇集。
初:作者と同年代らしきモスクワ在住のジェーニャの、初子を産む二十五歳頃から四十五歳頃までの生活風景を軸に展開します。
再:第一章は1960年代。赤ん坊をつれて保養しにきたジェーニャは、彼女が断られた立派なダーチャ(保養施設)をやすやすと借りる家族の垢抜けた雰囲気をみて、イギリス人かしらと羨望し、ステップ・ファミリーだとわかるや〈セックス革命〉なるものを感じてしまう。でも第五章、90年代のジェーニャは、スイス人監督と組んでモスクワの娼婦たちを取材するテレビ局のキャリア・ウーマン。
初読美:ソビエトからロシアへ。民主化に上手に適応できるジェーニャってずいぶん賢そうなのに、どうにもこうにも“女の嘘”に毎度ころりと騙される。
再:序章で作者は、女のなかでも〈嘘をつく才知に恵まれた人たち〉がいて、その嘘というのは男のすなる権謀術数、建設的な嘘言とまったくちがう、〈ひょいと、心ならずも、なにげなく、熱烈に、不意に、少しずつ、脈絡もなく、むやみに、まったくわけもなく嘘をつく〉たぐいのもので、〈女の嘘というのは、白樺やミルクやマルハナバチと同じ「自然現象」のようなもの〉と定義してるけど、この女たちの嘘、どうでした?
初:たぶん負ける。こんなにたあいなくだいそれた嘘つけないもん。私、〈嘘をつく才知〉、ないみたい。
再:うん。よくまぁ口がまわるわいって驚くわよね。女の子からおばあさんまで。
初:老いも若きも話術あるよね~。ジェーニャも嘘をついた相手を内心リスペクトしたんじゃないかしら。なんとまぁアッパレな女ぞと。
再:嘘と気づいた時点で関係はまずくなるけど、相手への憎しみは生じてない。最終章で四十五歳のジェーニャは達観してるの。〈だれにでも良かれ悪しかれ心の奥深くに隠され封印されている狂気というものがある〉。「嘘」を経由して相手の深奥に触れるのね。
初:そういう言い回しがイケナイのよ! ジェーニャは文学趣味というか、人間の精神のいとなみに包容力がありすぎてカモになるんだわ。
再:そうかな。私の再読によると‥
初:ジェーニャも嘘ついてた?
再:さあ。でも重要だと思ったのは、この女たちの喋る分量。第一章、保養所のお隣さんと昼に話しはじめて、ちょっと午睡してまた夕方からワイン飲んで深夜一時まで話し込む。第六章、旧友と再開し、苦手なタイプだったなぁと煙たがりながら十一時のお茶に招いて、つい話し込んだら夜中の一時。〈泊まっていくように勧めた〉。
初:このひとたち、時計みないのかしら。
再:ジェーニャはみるのよ。なにしろToDoリストを作るほどやることいっぱいある人だもん。でも、家政婦の斡旋を電話でたのむと不幸な移民にまつわる身の上話を二十分聞かされ、切った直後、別の女友達から電話がかってくる。〈ロシア語の「元気?」というのは‥詳しい近況報告が帰ってくることを前提としている〉から、五分で切ろうと心に決めるんだけど、お金かして、という電話。これ、ぜったい五分じゃ終わらなかったわよ。毎度こんなに喋ってていちいちホントのこと言ってられる?
初:無理ね。間がもたなくて膨らますし、プライバシーを守るためにも吹いてしまうわ。
再:だからジェーニャも、小説では一応、嘘つかれる場面ばかりなんだけど、小説外の人生とか行間のところで嘘つきまくってると思うの。
初:じゃ、この小説の女たち、五分五分?
再:うーん。もしジェーニャが、ほかの嘘をつく女たちとどこか違うとすれば、ブッキッシュなところかしら。
初:たしかに大学でロシア文学を学び、詩の先生とずっと交流があって、仕事も脚本や編集という活字畑で生きる人だけど‥
再:ジェーニャは〈壊れかけている自分自身の家庭生活〉などの個人的な不安は、『アンナ・カレニナ』や〈読まなくちゃいけないと思う本〉の耽読でしのいでる。ところがほかの女たちは‥
初:人に嘘をつくことで、フィクションの主人公そのものになる!
再:ジェーニャもきっと、冷たい活字より目の前の誰かの熱っぽい騙りのほうが魅力的で、ついひきこまれ信じてしまうんだわ。本を読むシーンのあとで嘘にでくわしてるもの。
初:ぜひ「本」に注目して再読するわ。
再:あと「鏡」も重要よ。ジェーニャは鏡に向かうと、老けたな、私の人生ってなにかしら、って不安になる。で、鏡をみないよう目を閉じたあと、誰かの嘘にひっかかる‥。
初:わかった! 自分を投影して読む「本」というのは、不安をかきたてる「鏡」と同じなのよ。ジェーニャは、わるい夢から醒めたくなって、賑やかな女の嘘にのるんだわ。
再:あ、信じた?
(杵渕里果)
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